看護師は白衣の天使なんかじゃない
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:望月祥子(ライティングゼミ・平日コース)
「看護師さんって皆優しくて白衣の天使って本当ね」
穏やかな声で女性の患者さんが話しかけてくれる。私はいつもこの後なんて答えていいのか分からなくなる。
看護師という職業は本当に白衣の天使なのだろうか?
だって、看護師は天使みたいにいつも優しくないし穏やかでもない。実際私は12年以上看護師をやっていてそう思う。ナースコールが鳴り止まなくて本当は焦るし。仕事が忙しいのを患者さんには必死に隠す。だって忙しいって言ってしまったら患者さんは遠慮してナースコールを押せなくなる。患者さんが亡くなって本当はすごく悲しくて落ち込むけれど、涙をこらえて仕事をする。時々笑顔をどこかに置き去りにしそうになって慌てる。命を扱う職業だからこそ、少しのミスでも同僚に対して強い口調で責めるカタチになってしまうことだってある。
こんな姿は天使じゃない。いつもそう思う。
あの日は、コートのポケットに手を入れて歩きたくなるくらい寒い季節だった。Aちゃんという6歳の子が入院してきた。笑うと八重歯がのぞく可愛い女の子だ。Aちゃんは救急車で運ばれてきた。
私は何度もAちゃんの身体を確認した。
年齢の割に小さい身体。痩せていて、アバラが浮いている。身体中はアザだらけ。そして何日もお風呂に入っていないような匂いがする。
「これってもしかして」
こういう時の嫌な予感ほど当たってしまうのは何故だろうか。入院の理由は虐待だった。Aちゃんは実の両親から殴る、蹴る、食事を与えないなどの虐待を受けていた。虐待が分かったのは、当時Aちゃんの隣に引っ越しをしてきた人が異変に気がつき通報してくれたからだった。毎日怒鳴り声が聞こえてきおかしいと思ったらしい。
入院して点滴などの治療をしながらAちゃんの身体は少しずつ回復に向かっていった。私たち看護師は身体のケアと同時に心のケアにも力をいれた。看護師チームはAちゃんをどうやって看護していくかを毎日のように話しあった。寝たきり状態だったAちゃんが、リハビリをしながら歩けるようになった。そのタイミングでAちゃんに入っていた膀胱留置カテーテルというおしっこの管を抜いた。その数時間後、Aちゃんを担当していた後輩が早足でナースステーションに戻ってきた。いつも落ち着いている後輩にしては珍しい。
「そんなに慌ててどうしたの?」
そう聞いたら、一緒にAちゃんの病室に来て欲しいと言われた。
どうしたんだろう? と思いながらAちゃんの病室のドアを開けると、顔をしかめるような匂いがしてきた。
あれ? そう思ってよく見ると病室のベッドの端を見たら排泄物があった。
「Aちゃん、トイレ分からなくなっちゃったかな? こっちだよ」そう言って一緒にトイレに行った。
6歳だけどまだトイレを失敗する子もいるからな。でもなんでベッドの端にしたんだろう。そうやって簡単に考えていた。Aちゃんはトイレを見て私と後輩にこう言った。
「これはパパとママしか使っちゃいけないやつでしょ? お家だと段ボールの中にしてたよ。なんでこのお部屋は段ボールないの?」
Aちゃんは家のトイレさえ使うことを許されていなかった。それから私たちはトイレの使い方、食事の前は手を洗うことやお箸の持ち方。食事をするときは肘をつかないなど。他にもいろんなことをAちゃんに教えた。
大抵の6歳の子なら出来ることも、Aちゃんには難しかった。
夜中にパパ、ママと泣き叫ぶAちゃんがいた。
「どうしてパパとママに会えないの。会いたいよ」
そう言って毎日のように夜になると泣いていた。そのたびに私たち看護師はAちゃんを抱っこして背中をトントンとしながら、
「そうだね、会いたいね」
そうやって声をかけていた。警察や役所とのやりとりの中でAちゃんの両親はAちゃんと面会することは禁止されていた。
そんなとき、入院中にAちゃんの下の歯が抜けた。そういえば私が小さい頃、下の歯が抜けた時は両親と一緒に空に向かって歯を投げたな。そんなことを思い出した。
「ねえ、Aちゃん。まっすぐ歯が生えてきますようにって、お空に向かってこの歯投げようか」
そう言って私を含めた数人の看護師と医師、薬剤師、リハビリの先生が病院の外に出た。えーい! とAちゃんが抜けた歯を空に向かって投げた。
病室に戻るとき、Aちゃんが私たち看護師を見て
「みーんな白衣の天使なんでしょ」
他の患者さんから聞いたのだろうか。入院中にAちゃんは沢山の言葉を話せるようになった。他にもいろんなことができるようになっていた。
さっきだってそうだ。30分はかかるけど、Aちゃんは自分で靴紐を蝶々結びにできるようになっていた。
Aちゃんは両親のもとではなく施設に行くことが決まった。
それを私と担当医が施設の人が同席するなかAちゃんに伝えた。
「なんでパパとママと暮らせないの。どうして。一緒に暮らせるって思ってたのに。皆んな大っ嫌い。白衣の天使なんて嘘じゃん」
そうやって涙をボロボロ流しながら話したAちゃんを今でも忘れられない。
Aちゃんの退院の日がやってきた。私はパパとママと暮らせないと一番に伝えた大人だったこともあってかAちゃんとずっと話してもらえなかった。
それでも私は退院の日にAちゃんに伝えた言葉がある。
Aちゃんが退院した後、これで良かったのかな。ずっとそんなことを考えていたら、師長に今できることを全力でやったことを悔やむなと言われた。
ねえ、Aちゃん。私も白衣の天使なんて嘘だって。そう思うよ。
十年後。
「先輩、高校生くらいの女の子が先輩いるかって来てますよ」
高校生くらいの子? 最近そのくらいの年の子は退院してないな。誰だろう?
休憩室を出ると、制服姿の女の子が立っていた。私に気がついて笑った口元からは八重歯がのぞいている。
「仕事中だ、泣いたらダメだ」
私は必死に自分の気持ちを隠す。
高校生になったその女の子は十年越しに私に会いにきてくれた。
「退院のときに伝えてくれた言葉が本当はずっと嬉しかった」
そうやって私は彼女と十年ぶりに話しをした。
「Aちゃんが私のことを嫌いでも、私はAちゃんのことが大好きだよ」
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