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ホルモンサーファー


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【6月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:谷中田 千恵(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「だから、違うって言ってるじゃないですか!」
 
私の声が、事務所に響く。ああ、またやってしまった。
受話器の向こうの無言は、相手の気まずい表情すら伝えてくるようだ。
事務所中の同僚の視線が、背中に刺さる。
 
こちらの意図が、取引業者に伝わらなかった。
相手方の担当者間での引き継ぎが、うまくいかなかったようだ。
私の伝達方法も、もしかしたら充分ではなかったかもしれない。
 
どちらにせよ、電話口で、とがった声を出すようなことではない。
時間はかかるが、順を追って丁寧に話せば済む内容だ。
頭では、それを理解をできているし、周りの冷たい視線にも気づいてはいる。
しかし、怒りの感情はおさまらない。
 
ダメだ。頭を冷やそう。
電話の相手と、気まずい空気をなんとなく取り繕い、受話器を置いた。
昼休憩の旨を伝え、事務所を出る。
 
今日は朝から、気持ちが安定しない。イライラが止まらないのだ。
トーストにうまく焦げ目がつかなかったことも、洗濯機にエラー表示が出たことも面白くない。
 
年に何度も、こんな日がやってくる。前触れは何もない。
今日はイライラが強く出るが、心の出方は毎回、違う。
あらゆることに自信がなくなり、自分の存在自体が嫌になってしまう日もある。
被害妄想が強く出ることもあった。同僚に言われた何気ない一言がどうしても気になり、明け方まで眠りにつけない。
涙ながらに、上司に不満を訴え出たこともあった。
 
そんな日は、朝、布団で目が覚めた瞬間から、心の違いに気がつく。
なんだか、おかしいぞ。いつもと違う。
そう思ったからと言って、心の暴走は止まらない。
 
そして、粗相を起こす。ミスをした人を責めてみたり、つまらない冗談を、とがめるようなメールを送ったりする。
 
次にやってくるのは後悔だ。こんなことをしてしまった自分は、なんて心が狭く、子供っぽいダメ人間なのかと深く落ち込む。
ジェットコースターのように、感情が上下する、悪夢のような日。
 
自分は、感情のコントロールができない人間なのだ。
今日も、自分に失望し、自分のことを嫌いになる。
 
車の中で、もそもそとサンドイッチを食べながら、スマホをいじる。
先ほどの電話のやりとりが、頭の中をぐるぐると渦巻いている。
 
「気持ち 安定」
無意識に、検索をかけていた。
 
解決方法を提示する、たくさんのサイトが表示される。
その中の、一つをのぞき、気になる言葉を発見した。
「生理に伴うホルモンバランスの変化」
 
ハッとして、手帳を開く。確かに、そろそろ生理がくるはずだ。
 
検索欄に「ホルモンバランス」と入力すると、予測変換が「気持ち不安定」や「情緒不安定」というワードを続けて表示する。
検索を続けると、PMSという言葉にたどり着いた。
 
PMS、別名、月経前症候群は、生理前に体や心に起こる変化の総称のようだ。心の変化では、怒りやすい、憂鬱になる、涙もろくなる、などの症状が起こるとの記載がある。
 
これだ。
確かに、前回、悪夢の日がやってきたのも、生理前だった。
私は、PMSなのかもしれない。
 
症状に名前がついたからと言って、何の解決にもなってはいない。
PMSだから、誰かを傷つけていい理由にも、全くならない。
それでも、悪夢の日の原因がわかったことは、私にとっては一筋の光だった。
 
終業後、自宅に帰り、手帳の悪夢の日が起こりそうな週に、赤いマーカーを引いた。
この週は、人と会う予定は極力避け、事務作業に徹しよう。
ありがたいことに、私の仕事は、業務の内容や時期をある程度、自分で組むことができるものだ。
 
たった一本の赤いラインを書いただけだったが、私の心はふっと軽くなった。
 
そうか、これからは、ホルモンのバランス、つまり体のバランスに合わせて生活すればいいのだ。
 
ホルモンのバランスは、まるで波のようだ。
心も体も絶好調な、高波の時期。逆に、心が落ち込む、谷間の時期。
それが交互にやってくる。
 
私は、それを乗りこなすサーファーだ。
谷間期には、じっとしていればいい。
大丈夫、すぐに高波期はやってくる。
高波期の私は、無敵だ。その時に、グイグイ進めばいい。
 
膝や、腰の柔軟性を使い、全身をバネにして波を乗りこなす自分を想像する。
 
今日の私は、谷間期だ。
ひとまずゆっくり休もう。
自分を責めて、嫌いになるのも今日は、ひとまずお預けだ。
電話の相手には、今度、丁重に謝罪をしよう。
 
そうだ、今夜は、高かったあの入浴剤をたっぷり使ってみるか。
そのあとは、録りためたドラマを、いっきに見てもいいかもしれない。
 
熱いほうじ茶を淹れながら、私は少し明るい気分になっていた。
 
 
 
 
***
 
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2019-05-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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