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書店人に告ぐ3.0 出版界幕末論


僕は伊達政宗が好きだ。そもそも、僕が本を読むようになったのはNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』がきっかけである。たしか、小学校二年生か三年生くらいのことだったろうが、自分が宮城県出身で「おらほの殿様」ということもあって、後に世界的なアクターとなる渡辺謙の出世作であるこのドラマにどっぷりはまり込み、ここから本を読むようになった。まずは、マンガから。

伊達政宗主観でみれば、こういわれることがある。

「あと十年早く生まれていれば天下を取ったかもしれない」

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康よりも伊達政宗は世代がひとつ若い。支倉常長をローマに遣わし、貿易を考えていたことや、その残虐性、先進性、政治力、軍事力も含めて、特に織田信長と比べられることが多く、政宗ファンとしては、あるいはあと二十年、いやせめて十年早く歴史に登場していれば、政宗が天下を取ったかもしれないとロマンを抱くのは無理もないことだ。

僕も、小学校時代から、その歴史のイフを常々想っては悔しい想いをしてきた。もしかして、地元の仙台が東京になっていたかも知れないと。

ところが、大人になって東京に住むようになってから、そして司馬遼太郎先生の作品を読むに連れて少しずつ、考えを改めるようになった。

あまりに、徳川幕府のシステムが完璧なのだ。

決定的なのは、仕事で岩槻市(現在のさいたま市岩槻)のことを調べたときのことである。岩槻は江戸防衛の重要な拠点であった。河越城と並んで、岩槻城は北方からの侵攻を食い止める防波堤の役割を果たしていたのである。今は公園となっている岩槻城は、往時は川から水を引いて守る難攻不落の沼城だった。

これを見たときに、僕は伊達政宗の立場になって、これは無理だと想った。

伊達政宗がたとえば仙台港を使って西洋と直接貿易し、富を蓄え、軍備を整え、天下を取るべく江戸に攻め上ったとしても、まずは名城鶴ケ城を擁する親藩の会津藩がいて、これを攻略するのに余程の戦力を摩耗するはずである。ようやくここを突破して白河の関を越えたとしても、今度は水を引かれた沼城の岩槻城が待ち構えている。ここには代々、徳川幕府の中枢を担う譜代の大名が配されて鉄壁の守りがしかれている。

つまり、江戸市中に運よく入り込んだとしても、伊達軍はそのときには相当に疲弊しており、徳川本軍と戦う前にほとんど壊滅しているだろうと思われる。そもそも、鎖国政策によって貿易が禁じれたので、幕府を倒すほどの財を蓄えるのも実質的に不可能だった。

政宗ファンだからこそ、政治・軍事の両面での徳川幕府のシステムとしての完璧さにため息をつく思いをした。この仕組は世界でも屈指の優れたシステムだったのではないかと思う。ゆえに、二百七十年の長きに渡って日本を支配できたのだ。

僕は、再販制度を中核とした出版界のシステムは、まさに徳川幕府のようなものではないかと考えている。

徳川幕府がそうであったように、もしかして、最初から一人の天才の意図によってそのシステムが最初から完璧に設計されたというよりは、実業之日本社さんに取材してわかったように、自然発生的に、時と場合の要請に合わせて必然的に、システムは構築されていったのかもしれない。

ともあれ、流通と決済という、ビジネスにおいて実に面倒な役割を担う取次というシステムが完成することによって、日本の出版界は戦後長らく隆盛を誇った。

流通と決済を担わなくともよくなった出版社は、コンテンツ・メイキングに経営資源のほとんどを割くことができるようになり、その体制の中で、数々の大ヒットコンテンツが生まれた。

また、同じくファイナンス部分とマーケティングまでまるっと取次と出版社に任せた書店は、最前線に本格派のビジネスマンを配さなくとも商売が成り立つようになった。面白いコンテンツは出版社が作ってくれて、流通やファイナンスは取次が担ってくれるので、あとはいい立地に店舗を構え、日々送られてくる雑誌や書籍を陳列すれば、不思議なことに商売が成り立った。

その完璧に近いシステムの中で儲かったのは出版社と取次ばかりではない。

今では信じられないことだが、とある東京の七十坪ほどの小さな駅前の書店で、五人の正社員が雇えたほどに、書店も潤っていた。

それが今では、その形態の書店を運営するには、契約社員一人とアルバイトで回すのがやっとの状況になったの。商品が売れなくなり、経営する側としてはビジネスを継続させていくために「販管費」を縮小せざるをえなくなったのだ。

商品が売れなくなったといったが、もっといえば、雑誌が売れなくなった。そういった、全国のどこにでもあるような駅前の小さな書店では、雑誌の売上が全体の四十%以上を占める場合も多い。そもそもが雑誌を全国津々浦々に配送する仕組みとしてできた再販制度の、コアだったはずの雑誌のビジネスモデルが、今まさに崩壊しようとしているのだ。

これは、インターネットという「黒船来航」によって、たとえば時刻表や地図などが減少を余儀なくされ、地上デジタル放送の出現によってテレビ雑誌が売れなくなったという、ライフスタイルの大きな変化によってもたらされた、いわば「必然的縮小」とでもいうべき側面が大きいことは否めない。

この状況はまさに、世界情勢の変化によって、外圧が強烈になってきた幕末の状況に酷似している。

たしかに、江戸徳川幕府は、成立当初から長きにわたってほとんど完璧なシステムであった。また、同様に再販制度と取次を中核とした現代の出版界のシステムも、長きに渡って完璧を誇っていた。

ところが、否応なく、この業界は大きな変化の時代に突入したのである。

つまり、出版界は今、幕末に差し掛かっているのだ。

 

この状況を、とある大手出版社のまさに勝海舟のようなキーパソンはこう表現している。

「みんなタイタニックがすでに氷山に五回も六回もぶつかっているのを知っているのに、知らないふりをしてまだ舞踏会をやっている」

なぜそんなことが起きるのか? 沈む可能性があるのに、すぐに大きな行動に出ないのか?

有り体にいってしまえば、理由は簡単である。特に上層部のほとんどは、五十代より上なので、自分たちは沈む前に逃げ切れると考えているのである。または、打開するための方策を持たないためか、舞踏会に興ずるのを一向にやめようとしない。

もちろん、取次や大手出版社にも非常な危機感をもって動いている志士のような人たちがいる。日々、この業界の行く末を憂いている人も多い。

しかし、考えてもみてほしい。実は長州藩や薩摩藩よりも早く、これからは西洋の軍制が主流になると踏んで軍の西洋化に踏み切った組織がある。西洋軍艦の必要性をいち早く感じ取り、実際に西洋から西洋式の軍艦を買いつけ、最も優秀な人材を西洋に留学させた組織がある。日本で最も優秀な人材を抱えていた組織がある。

幕府である。

それでは、なぜ、幕府が維新を成し遂げることができなかったのか?

理由は簡単である。

長年の成功体験によって、大きな変化に即応する機敏さを失っていたのである。長年の成功体験は、膨大な数と量の既得権益を生む。既得権益をより多く握っているのは、いうまでもなく、権力のより近くにいる人々である。舵取りする権限を持っている人々である。これらの人は、幕府の行く末や日本の未来を考えるよりも優先して既得権益を守ろうとする。

つまり、優れたシステムを擁した組織であればあるほど、必然的に既得権益層が抵抗勢力になる可能性が高くなる。

たとえば、幕末でいえば、役職やそれに伴う石高であり、今現在でいえば、高い給与や年金がそれに当たる。

つまり、いくら優秀な人材を多く抱えていたのとしても、制度疲労を起こしている組織を改革することは、はじめから興すよりも数倍も難しいことなのだ。志ある優秀な人材が、全力で改革を推し進めようとしても、それよりも遥かに大きな力で既得権益層の抵抗にあうだろう。

ようするに、本格的な改革、つまりは維新を起こすのは、いつの時代も世界中のどこでも、体制側ではない。

抵抗圧力の少ない、新しく勃興する小さな火の塊である。

天狼院は、その小さな火の粉のひとつになろうと考えている。

 

ここからが本題である。

 

全国の「書店員」に告ぐ。

いや、聞く耳を持ち、業界の未来に今なお希望をいだく、全国の「書店人」に告ぐ。

 

この業界の未来を明確に描けずに、書店というある種の安全な空間に引きこもっていないだろうか?

自分がビジネスマンであることを忘れ、どこかボランティア精神で仕事をしていないだろうか?

出版不況のせい、会社のせい、取次のせい、出版社のせいとすべてを他者に責任を転嫁してはいないだろうか?

目利きとおだてられて、小説の世界に逃げ込んではいないだろうか?

どこかで状況を諦観し、日々の忙しさの中に現実逃避してしてはいないだろうか?

 

もしそうだとしたら、目を覚ましてほしい。

そして、気づいてほしい。

 

僕がいうように、今出版界が幕末に差しかかっているとしたら、何が起きるか、一度真剣に考えてみてほしい。

勘のいい人なら、そしてこの文を真剣に読んできた人なら、すでに気づいているはずだ。

 

そう、維新や大きな革命は、常に「持たざるほう」より起きる。体制や既得権益層ではなく、困窮し、それによって当事者意識を発露したほうから起きる。

維新を成し遂げたのは、幕府よりもはるかに小さな藩の、若い下級武士たちだった。郷士や武士にも満たない、取る足らないとされてきた人々だった。

彼らは着の身着のままで奇兵隊へ駆けつけ、実戦の中で戦いを学び、ついに幕府を倒す勢力へと成長した。そして、新しい政府とその世の中にあった新しいシステムを構築した。

 

いつだって、世界中のどこででも、大きな改革を成し遂げるのは、我々、持たざる者たちだ。

僕であり、これを読んでいるあなたである。

 

そして、僕は評論家ではなく、誰よりも実践者である。そして、ビジネスマンである。

具体的に、未来に対して、ひとつの希望を用意した。

 

それが、雑誌『READING LIFE』である。

『READING LIFE』は、創刊すると決めたときから、雑誌の原点に帰ろうと約束事を設けている。

すなわち、

 

広告ゼロ

営業ゼロ

面白さ無限大

 

が、『READING LIFE』に設計当初から課せられた決まり事である。

今、急激に部数を落としている雑誌は、これができていないと考える。

逆に雑誌『致知』など、部数を伸ばしている雑誌は、基本的にこれができているのだろうと思う。

つまり、雑誌『READING LIFE』は制作設計の段階で、雑誌の最も良い姿を具現しようと目論んでいた。

それと、販売戦略を設計する段階で、ひとつの可能性をこの雑誌に搭載している。

すなわち、掛率が高くて粗利率が低いという、書店の呪縛を解き放つための種が、この雑誌には埋め込まれている。

具体的にいえば、雑誌『READING LIFE』を売ってくれる志ある書店には、58%の掛率で卸そうと考えている。ただし、買い切りである。そして、大変申し訳ないことだが、まず用意できる数は全体で1,000部に過ぎない。

本体価格2,000円の『READING LIFE』を一冊売ると書店には840円の利益が入る。税込みで約900円の粗利ということは、その利益は通常のハードカバーの書籍3冊分に匹敵する。

なぜ、そんなことができるのか? 雑誌『READING LIFE』は手間がかかっていて、カバーや包装など、通常の雑誌よりもはるかに費用がかかっているにもかかわらず、なぜその価格で卸せるのか?

それは企業秘密に当たるので、詳しくは述べるのを差し控えるが、天狼院が書店であり、自分たちで直接売ることができることが大きな要因となっている。

そう、江戸時代の蔦屋重三郎がそうしていたように、自分が売る本を自分で作るという、出版界における初めて本格的なSPA方式を導入することによって、58%という魔法のような掛率が可能となった。

志ある書店は、ぜひ、この新しい可能性を無数に込められた雑誌『READING LIFE』をビジネスマンとして売り切ることによって、新しい時代の出版のかたちを体感してほしいと思う。遠慮なく、天狼院書店に問い合わせてほしい。

雑誌『READING LIFE』は、天狼院マーケティングの粋を集めて作ったものだ。

すなわち、天狼院が定義するところのマーケティングとはこんな定義である。

「マーケティングとはお客様が何を求めているかを徹底して考えること」

もちろん、これは雑誌『READING LIFE』に限ったことではなく、天狼院でも実践していることであり、あらゆる書店にとって、これから必要となることだろうと信じている。

 

また、書店人だけでなく、聞く耳を持ち、業界の未来に今なお希望をいだく「出版人」にも告げたいことがある。

 

書店と同様に、出版社もビジネスマンとしての商魂を取り戻すべきだ。

これまで取次に担ってもらっていたビジネスの大部分を、自ら担うべき覚悟を抱くべきだ。

たとえば、実業之日本社の雑誌『婦人世界』が全国の書店との直取引を開始し、隆盛を極めたように、これまでとは違ったルートで読者に本を届ける道を全力で探っていただきたい。

天狼院としては、雑誌『READING LIFE』が成功すれば、近い将来、できるだけ早い段階で、1,000冊の買い切りを実行したいと考えている。

 

そして、最も大きく、最も優れた人材を抱えた取次の中で、聞く耳を持ち、業界の未来に今なお希望をいだく「取次人」に告げたいことがある。

世界屈指の優れたシステムを有しているゆえに、最も改革が難しいだろうと思う。

そんな「取次人」に僕から提案したいことがある。

これから、直取引と取次流通のハイブリッドで市場が新たに形成されるだろうと思う。

そこで、取次が担うべきは、まちがっても「選書」ではない。これはあくまで最前線の書店がになうべきことだ。そこに取次の未来があるとは僕は到底思えない。

担うべきなのは、これから勃興する火の粉のような小さなコンテンツメーカーや書店に最適化した、未来の取次の種を、今のうちから本格的に作って欲しいということだ。

まずは社内ベンチャーでもいい。または独立してもいい。

僕らのこれからの50年のビジネスパートナーとなれる、即応性が高い、取次を作って欲しい。

世界最高の取次のシステムはこれからも未来の出版界を、違ったかたちで支え続けるだろうと考えている。

 

たしかに、幕末とは大きな仕組みの終焉である。

それは、同時に新しい時代の始まりでもある。

 

困難を伴う仕事になるだろうが、これから50年、少なくともこの業界で生きていく我々としては、どうしても今やらなくてはならないことだ。

 

そして、できれば「超」前向きに明るく、未来を思い描き、作り上げていければいいと思う。

 

これは志ある小さな火の粉に対し、檄を発するものであり、改革に対するあらゆる抵抗に対して、ここに宣戦を布告するものである。

 

2014年10月24日

天狼院書店店主 三浦崇典

【11/12天狼院史上最大のイベント】

「書店人に告ぐ3.0 出版界幕末論」をお読み頂き、誠にありがとうございます。この記事に共鳴して頂いた方に、どうしても参加して頂きたいイベントがあります。その名も、

書店と出版の未来を「超」前向きに考えるシンポジウム

新進気鋭の著者の方や100万部を経験した著者や編集者の方を多数迎えて、この業界の未来を「超」前向きに考えていきたいと思います。おそらく、このシンポジウムから、リアルな未来が生まれるだろうと思います。乞うご期待でございます。

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