市原の郷土料理とうぞは冬の恋人
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記事:相澤綾子(ライティングゼミ・特講)
豆造と書いてとうぞと読む。
どろりとした黄金色の液体。つやつやとした大豆または納豆と、白い麹の粒が浮いている。切干大根を入れることもある。スプーンですくうと意外とさらっとしていて、液がこぼれだす。そこで、ぽわーんと広がる納豆風の香り。
「あっ、やっぱり無理かも」
ほとんどの人はここでそうなるのかもしれない。でも試しに口に入れてみる。すると甘さと塩辛さと香ばしさと、色んな味わいが口の中に広がる。豆はすっかり柔らかくなって、舌でつぶすことができるくらいだ。
とうぞは、地元市原の郷土料理だ。味噌作りの時に出る大量の大豆の煮汁に、納豆や大豆、塩、米麹を加え、1か月程度熟成させることで出来上がる。大豆を煮たことがある方なら分かると思うけれど、あの煮汁はとろっとして甘みがあり、おいしい。私は冷蔵保存して数日間味噌汁の煮汁に加えたりしていた。実際大豆に含まれるサポニンが大量に溶けだしているので、捨てるのはもったいないのだ。そこを活用したのがとうぞだ。エコで健康的な発酵食品ともいえる。
味噌作りの副産物だから、味噌作りをやっていない家では、作らない。今の50代くらいだと、実家では味噌と一緒に作っていたことがあるという話も聞くけれど、私たち40代では、親も味噌作りをやっていないので、私の母も、とうぞはよその家で一度食べたことがある程度だと言っていた。もちろん私は食べたことはなかった。
市内の味噌会社が作っているが、ある高齢の方が亡くなる前に「もう一度とうぞを食べたい」と言っていたことから思い立って作り始めたという話を聞いたことがある。煮豆入り、納豆入り、干し大根入りの3種類を販売している。
地元市原の郷土料理だし、発酵食品だし、食べてみたいと思い、私は味噌会社のものを買ってみた。ごはんにかけたり、おひたしにかけたり、スープにしたり、と食べ方の例が書いてあった。私はやってみたけれど、何となく、これというしっくりした食べ方ではなかった。とりあえず納豆にしょうゆがわりにかけて食べる食べ方をすることにして、たまに思い付きで買って食べていた。3種類のうち、納豆入りが一番好きだった。
しかし昨年、久しぶりに買ってみた時に、思い付きで、たまごかけごはんに醤油代わりにかけて食べた。するとたまごのまろやかさに、とうぞの甘さや塩辛さ、香ばしさなどの複雑な味わいが混ざり合って、口の中いっぱいに広がった。
翌日も同じようにして食べてみたけれど、やはり同じ感動を得られた。毎朝同じように食べて、明日こそは飽きてしまうかと思ったけれど、違った。正月など朝食はお雑煮にしたので、落ち着かなくて、夕食でおせちを食べるときに、自分だけ、ごはんにたまごととうぞをかけて食べてしまったくらいだった。
そして一度その味わいに気付いてしまうと、たまごかけごはんでなくても、お湯で溶いてスープにしたり、湯豆腐にかけたり、いろいろな食べ方で楽しむことができるようになった。とうぞがあれば安心で、切らさないように気を付けた。
家族はといえば、夫は、納豆は好きだけれど、とうぞはいらないと言った。一番上の息子と一番下の娘は喜んで食べた。真ん中の息子はもともと納豆が好きではないこともあり興味を示さなかった。やはり好む人と好まない人、分かれるようだ。
ところがある日、私ととうぞとの蜜月が終わった。いつものように食べたのに、何か違和感を覚えたのだ。残りを数日かけて食べて、なくなっても新しいのは買わなかった。何だか寂しかった。食べ過ぎたのだろうか、とも思った。コートもいらなくなりすっかり春になっていた。冬の味噌作りの副産物であるとうぞも、冬が旬だったということなのだろうか。
そしてまた冬がやってきた。
ダウンコートを出す頃、私は、またとうぞを試してみようと思った。たまごとごはんをよく混ぜてから、とうぞをたらりとスプーンから落とした。大丈夫だろうか。念のため少しだけにする。ああ、おいしい。口の中に甘さと辛さと香ばしさが広がる。私は大きめのビンを選び、パウチの中のとうぞを入れ、パウチに残ったとうぞをたまごかけごはんの上に絞り出した。ほっとした。
この冬もお世話になります。
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