野球のおかげで仲がいい
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「あたしはいいから、二人で行ってきて」
息子が小学生のころ、週末に家族でプロ野球を見に行こうと提案したが、妻からはつれない返事。仕方がないのでその時は息子と二人で球場へ向かった。
彼女はスポーツが嫌いだ。知り合ったのは大学のテニスサークルだが、卒業したらテニスからは離れ、以降スポーツに縁はない。スポーツ観戦にも全く興味を示さない。
一方、私はスポーツ派だ。自分でやるのはもちろん、見るのも大好きだ。テレビもライブ観戦もだ。昨年まで米国に駐在していた時は、忙しい合間にメジャーリーグやNBA(プロバスケットボール)、テニスの全米オープンなどを現地で存分に楽しんだくらいだ。
スポーツ以外の趣味も全く合わない。彼女はクラッシック音楽好き、私は美術館や植物園に行きたがる。
子供が生まれる前はそれでもお互いの趣味に付き合ったりしていたが、子供ができると、二人で趣味を楽しむ余裕もなくなり、また、限られた時間で苦手なものに付き合うのも億劫になる。だんだん、時間がある時でもお互い別々に好きな趣味を追求するようになった。不仲とまではいかないし、必要なことは話すが、「夫婦で楽しい話題」というのは、子供の成長ネタ以外には徐々に減っていった。
なんだかなぁ、とは思うものの、私も仕事で多忙。また、ここ数年は海外で単身赴任だったこともあり、状況を変えようという意識は希薄だった。
さて、そんな夫婦のもとで育った息子はどうなったか。
彼は運動はあまり得意ではなく、どちらかというと、うちでゲームをして遊ぶのが好きなタイプだった。野山を走り回って育った私には少々物足りない。そこで、積極的に息子を外に連れ出した。ハイキングに自転車にキャッチボール。特にキャッチボールは一時期は毎週末、息子と二人でやっていた。
息子の気を引こうと、プロ野球観戦に横浜スタジアムや神宮球場に連れて行くこともあった。
その甲斐あってか、息子は野球がどんどん好きになった。運動が苦手なのに、中学校では野球部にも入った。正直、それほど上手にはならず、レギュラーにもなれなかったが、野球部ライフを満喫していた。
また、プロ野球やメジャーリーグにも興味を持ち、中学生くらいからは、選手やチーム事情については私などよりもよほど詳しくなっていた。
野球のお陰で、今も私と息子の仲は良好だ。私がアメリカに単身赴任していた時には、私のところに来てメジャーリーグの試合を見たり、一緒にWorld Baseball Classic決勝戦を観戦しに行ったりもした。
だが、相変わらず夫婦の間には、楽しい話題がない。帰国したらクラッシクコンサートにでも一緒に行くかな。そう思っていた……
ところが、昨年帰国してみたら、びっくりすることが待っていた。
妻が熱狂的なプロ野球ファンになっていたのだ。
あれだけ野球に興味がなかったのに?
実は、息子が成長して親離れをし始めた頃、だんだんと減っていく息子との会話に危機感を持ち、プロ野球の話題を勉強し始めたらしい。根がまじめだからか、息子の買った野球雑誌を読んだり、ネットで研究したりして、野球の知識をどん欲に吸収。そのうちに楽天の嶋選手が気に入って、熱烈な楽天ファンになった。
いつの間にかケーブルテレビのスポーツ専門チャンネルが契約されていた。大学生になり外出がちでテレビなどあまり見なくなった息子とは対照的に、毎晩、彼女は楽天や他の球団の試合をテレビで見ている。テレビだけでなく、年に何度かは球場にも出向き、楽天を応援しているようだ。
そして私や息子より野球ネタに詳しくなった。一緒にテレビ観戦していると、選手の成績や最近の話題を教えてくれる。私がうかつにも楽天の監督の采配に疑問を呈した時は、「ピッチャーとバッターの相性で判断しているのよ」などとたしなめられてしまった。
おかげで、いまや、家族の共通の話題は野球一色だ。一家団欒はいつも野球のテレビ観戦。先日は家族で仙台に楽天戦を見に行った。一番楽しんでいたのは妻だ。だが、もともと野球好きな私も息子も大いに盛り上がった。
そうなって初めて気が付いたことがある。
夫婦も中年を過ぎて、放っておくと楽しい話題は減ってくる。年を取るにしたがって事務的な会話や親の心配など後ろ向きの会話が増えるのは仕方がない。ところが、一つでも共通の楽しい話題があると、それをきっかけに家の中で会話が弾み、笑顔が増えるのだ。これは夫婦間だけではない。親と話したがらなくなる年頃の子供との会話も同様だ。
うちの場合、私が会社から帰宅すると、まずはプロ野球の話題だ。そこで盛り上がるから、他の会話も弾んでくる。
息子に野球を勧めた私のおかげ?
そう言いたいが、妻が息子に合わせてくれたおかげだ。
どちらでもいい。とにかくうちの家族は野球のお陰で3人仲がいい。
もし、パートナーや子供との会話が盛り上がらないな、と思ったら、何か相手の趣味に興味を持ってみたらどうだろうか。きっと会話が弾み笑顔が増える……かもしれない。
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