おじいさんの涙が教えてくれたこと
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記事:hikari(ライティング・ゼミ 冬休み集中コース)
“あっ! あのおじいさんだ。また私が受付をすることになったなぁ……”
ピンと伸びた背筋に、背広がよく似合う80代の男性だ。こちらに近づいてきたその人は、にこやかに診察券を提示した。
「おはようございます。保険証はお持ちですか?」
私は、いつものお決まりのフレーズを言う。
胸ポケットから保険証を取り出したおじいさんの表情は一変する。
「ありゃあー、本当にむごい! あんな事は二度とあってはならん!! あんの恐ろしい光景は今でも忘れられんっ!!」
保険証を握る手が、わなわなと震えている。くしゃくしゃになりかけた保険証を掴んだまま、
20代そこそこの小娘を前に、目に涙を浮かべ大声で訴えた。
「あんなひどい光景はないっ!! みーんな一瞬にして無くなってしもぅた!!」
私は、いつも頷いてただ聞くことしかできなかった。なんと声をかければ良いのかも分からなかった。
『被爆者健康手帳』というものを、ご存じだろうか。
とある病院で医療事務をしていた私は、そこではじめて、その存在を知った。
これは1945年、広島と長崎にて、原子爆弾投下により被爆された方が持たれている保険証である。藤色の表紙で、薄い冊子のような外見である。表紙には“被爆者健康手帳”という文字が記されてある。
この手帳を、医療機関の窓口に提示すれば、自己負担が免除になるのだ。そして、この手帳には有効期限というものがなく、資格取得すれば一生使える。兵庫県の病院に勤めていたのもあり、この手帳は割とよく目にしていた。
「有効期限もないし、手帳の記号番号も変わらないんですよね? だったら毎回、確認しなくてもいいんじゃないですか?」
不思議に思い、先輩に尋ねてみたことがある。
「まぁ、決まりだからね。保険証を月に一回は、みせてもらうことが義務付けられているから」
当たり前のことかもしれないが、どうもお堅い職場の規則みたいなものが苦手である。
「あの○○さん、保険証を見るたびに“思い出して辛い”って、毎回毎回、泣かれるんですよね。なんだか、やりきれないです。毎月提示してもらうのも気が引けます」
「まぁ、受付も患者さんが並んで待ってらっしゃるんだから、早めに切り上げるようにしないとダメよ」
なんともドライな返答であった。
当時は、診察券自動受付機を導入する前で、お一人ずつ窓口にて受付をしていたのだ。受付には常時5人の事務員がスタンバイしていたが、毎月一回、受診されるそのおじいさんは、なぜがいつも私が受付をすることになるのだった。
あのようなスマートな大人の男性が、涙を流しながら泣かれる姿は、そう見たことがなかった。実の祖父も、戦争経験者ではあったが、祖父の口からその話題を聞いたこともなかった。それは、私がはじめて聞いた生の声だったのだ。
“だいたいの人は、口をつぐんでいて語りたがらないのに、あのおじいさんはなぜ見ず知らずの私に大泣きするんだろう……。もしかして誰も周りに話を聞いてくれる人がいないのかな? いや、そもそも話を聞いてもらって癒えるものではないんだろうな”
それまでは、その手帳を提示されても何も感じてすらいなかった。他の保険証同様に、「そちらの健康手帳も確認させてくださいねー」と、機械的に受付をしていたのだ。
その手帳を持つ方が、どのような気持ちでいるのか……、と思いを馳せるようになった。
原爆の日など、戦争の話題が出ると、私はいつもあのおじいさんを思い出す。
恥ずかしながら、なぜ原爆が落とされることになったのかは、当時は説明できないでいた。
小学校の修学旅行で、原爆資料館に行ったことがある程度であった。
一瞬にして影になったという、影の形が焼き付いている階段や、蝋人形に、恐怖感を感じたのをはっきりと覚えている。写真展などは、見れたものでなかった。そこを訪れていたアメリカ人らしき外国人が、それを見て涙されていたことも覚えている。
そんな時に、あるラジオが耳に入ってきた。ダウンタウンの松本さんが原爆について熱く語られていたのだ。
「もう、たまらないんですよね。二度とあってはならないし。まず、被害者が被害者に戦争をなくしましょうと伝えていったところでダメだと思うんですよ。相手側の子供たちにも伝えていかないと。言わないといけない。日本が発信していかないといけないんですよ。謝ってほしいんですよ!」
声を荒げ、訴えられていたのだ。
それをきっかけに、原爆がなぜ投下されることになったのかを自身でも調べてみたのである。様々な説があるようだったが、やはりどちらか一方だけが悪いということはないのではないか、と個人的には感じたのだ。
ダウンタウンの松本さんが言われることも、一つの意見だとも思う。しかし、伝え方によっては、また争いが起きかねないとも感じたのだ。
争いは、いつか争いをうむ。愛国精神も大切だとは思う。しかし、自分も含め相手のことも考えた上で、はじめて調和はうまれると思う。
世界平和だなんて、私には規模が大きすぎて、何をすればよいのか分からない。まずは、自身を取りまくコミュニティを平和にしようじゃないか。自分から半径5メートル内の平和をつくることを目標にしてみよう。
毎日新聞によると、2018年度時点で15万人近くの方が、この被爆者手帳を持たれており、平均年齢は82.65歳だそうだ。
当時の様子を語られる方が、少なくなっている現代だ。戦争や原爆で、むごい体験をされた方の苦しみを忘れないことが、私たちに出来ることかもしれない。
これは、ほんの小さな声かもしれない。
だが、必死につないでくださった命を大切にしたいものだ。
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