「男はつらいよ」にみる、映画館いまむかし
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記事: 追立 直彦(ライティング・ゼミ平日コース)
お正月の劇場で、映画「男はつらいよ」の新作を観るのが長年の夢だった。
この限りなく不可能に近い夢が、つい先日、奇跡的にも叶ってしまった。
映画生誕50周年プロジェクトの目玉でもある「男はつらいよ お帰り寅さん」は、寅さんの甥っ子である満男の回想録的なストーリーだが、50作目にカウントされている正統なシリーズ作品である。
この50作目の制作が発表されて以来、どんなに胸をときめかせつつ、この日を待ち望んだことだろう。実は、今でこそ寅さんファンを自認はしているが、ぼくのファン歴は20年程度でしかない。平成8年に主演の渥美清が亡くなったあと、ミレニアム以降になってから、ぼくはこの作品シリーズにのめり込んでいった。だから、渥美さんご存命当時は毎年の風物詩ともなっていたお正月期間の新作上映には、足を運んだことがなかったのである。ようやく劇場のスクリーンに映る寅さんにお目にかかれたのは、10年前に行われた、東京築地にある東劇でのリバイバル上映だった。
映画は昨年末から公開されたので、ご覧になった方も少なくはないだろう。
ぼくも、正月三が日のひとときを費やして、劇場で作品を堪能した。映画自体の感想や評価を述べるのは、この拙文の目的ではないので、敢えて書かないが、劇場をあとにしつつ、ある一点において物足りなさを覚えていた。
その物足りなさの正体はすぐにわかった。
ずいぶん前に、福岡市内の博多町家ふるさと館で観た「福博(福岡都心部の略語)の映画館展」のことを思い出したからだ。とても地味な展示会だったけれど、昭和30年代に福岡を賑わせていた頃の劇場の写真や、映画のチラシ類なども見ることが出来て、とても興味深かった。なによりも、映画や映画館に対する当時の人々の熱狂を感じさせるものだった。展示されていた内容を振り返ることで、その熱狂ぶりをお伝えできればと思う。
大正2年、博多の歓楽街東中洲にて、九州初の常設映画館「世界館」が開業し、以来福博でも、映画が庶民の娯楽として普及し、順調に館数を延ばす。ところが、先の大戦で福岡も大空襲に曝され、終戦直後には、わずか3館程度しか残らなかったという。
しかしながら、福博の人々は、終戦間もない頃から娯楽映画を渇望した。
今では考えられないくらいの熱狂に後押しされて、昭和21年開業の中洲大洋映画劇場(今現在もなお、福岡市内の主要な劇場のひとつとして数えられています)を皮切りに、立派な映画館が次々にオープンした。昭和30年代、福岡は人口比で全国一の映画館数を誇る街となった。その数なんと、市内で80館!主な地区別で数えると、天神赤坂地区で5館、博多地区で6館、そして東中洲地区には18館もあったらしい。現在の福岡市内の劇場数は6館。スクリーン数の合計で数えても43スクリーンだから、当時の映画館事情と比べたら、雲泥の差というほかはない。
昭和30年1月2日の新聞が展示されていたが、なんと8ページ中4ページのほとんどの紙面を、映画の告知と上映スケジュールが占めている活況ぶり!館数も然ることながら、よくもそんなに作品を揃える事が出来たなと、正直驚いた。
もうここまで書いたので、みなさんにもおわかり頂けるでしょう、ぼくが感じた物足りなさ。実は、日本の映画館は、昭和30年代には(一般家庭にテレビが普及してきた影響で)既に衰退がはじまっていたと云われるけれど、それでもまだまだ元気だったし、当時の観客にもバイタリティがあった。映画館は、娯楽に飢えている観客のムンムンした熱気でいっぱいで、それに支えられて、当時上映されていた作品も、より輪をかけて華やかな存在になれたのだと思う。
映画「男はつらいよ」第一作目が公開されたのは、昭和44年。54万人の動員数からスタートし、4年後の12作目には242万人のピークを記録。最終的には、シリーズ累計で8000万人の動員を誇る大ヒットシリーズにまで成長した。
劇場を揺るがす割れんばかりの大爆笑。そうかと思えば、すすり泣きが会場を埋め尽くす場面も。ほとんどの観客が、その共感の渦に飲み込まれていた。映画「男はつらいよ」の足跡を追ったドキュメントやインタビュー記事のいくつかには、そんな当時の劇場内の様子が克明に描かれている。ひとつの映画が、作品自体と、それを観た観客の共感から形成されていく様子。お正月の寅さん映画に求めていたぼくの幻想は、そんな文献の数々から生まれたものなのかもしれない。
時代の流れとはいえ、それを体験出来なかったことはちょっとだけ残念。今回の「男はつらいよ」の新作は、決して出来の悪い作品だったとは思わないけれど、物語の(回想録的な)性質は、多少なりとも感傷的な方向に傾いていたのかもしれない。むかしの映画館の熱気のようなものを、別のかたちで作品に(付加価値として)与えるとするならば、どのような方法があるだろう。そんなことをつらつらと思いながら、令和の静かな映画館をあとにした。
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