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気分はクズ男


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:吉池優海(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「もう少し一緒にいたかったな」
 
そう聞こえた気がした。
 
「支えてあげられなくてごめん」
 
長い間、ほったらかしてしまった。
 
無機質な白い壁を背景に見ながら、無機質な椅子の上で私は心底そう思ったのだ。
大切な私の理解者に対し、取り返しのつかないことをしてしまったのだから。
 
人生のほとんどを一緒に過ごしてきたのだ。
私の犯した罪は重い。
ろくに構うこともなく、都合のいいときは利用し、都合の悪いときは見ないフリをした。
気付いていたSOSから目を背け、限界まで放置してしまった。
それでも最後まで私と一緒にいてくれようと頑張ってくれた。
 
だが、時既に遅し。
ぽつんと佇むただの無機質な塊になってしまった。
ずっと私と共に生きてくれていたのに。
 
転がった奥歯を見ながらただただ後悔だけを感じていた。
 
およそ4年間、口の中の痛みをずっと我慢し続けていた。
中学3年生の時から口の中に数本虫歯が出来ているのはわかっていた。
前歯にも虫歯があったお陰で学生時代はマスクを外せなかった。
痛みがひどくなったのは高校を卒業してからのことで、痛み止めの薬を何種類も試して効いたものを常に持ち歩き、飲み続けて効かなくなったら別の薬を見つける。
それをずっと繰り返して何ヵ所もの激痛に耐えてきた。
 
はやく歯医者いけよ!と誰もが言ったが私はいかなかった。
いや、いけなかった。
 
しょうがないじゃないか!!怖くて怖くて仕方がないんだから!!
 
行けなくなった理由はただひとつ。
 
当時通っていた歯医者で受けた虫歯治療の際、麻酔をかけていない歯を削られて味わった人生で初めての激痛。これがトラウマになっていたかから。
 
「もう……この歯は残せないなぁ……。抜歯することになりますね。」
 
いよいよ行かなければと腹を括ったのは、右上の「神経の死んだ歯」が折れたことによる焦りからだった。
 
「えっ、奥歯ですか」
 
最初の診療で苦い顔をした歯科医に抜歯宣告をされたのは、折れた歯ではなく、右下の奥歯だった。
奥歯が一本なくなってしまう。
この時、私はまだそれがどれほど後悔することになるかを知らなかった。
 
歯はとても正直だ。
虫歯ができれば「今この歯が苦しいよー」とすぐに痛みで伝えてくれる。
SOSをすぐに、しかも細かく出してくれるのだ。
 
第一段階、アイスを食べたときにチクッ。
第二段階、ラーメンを食べたときにチクッ。
第三段階、何を食べてもズキッ。
第四段階、何もしなくてもズキズキ。
第五段階、眠れないくらいズキズキ。
 
そして最終段階、痛みがなくなる。
 
私は何本もの歯を最終段階まで育て上げてしまった。
痛みがなくなるということは、神経が死んでいる証拠。神経が死ぬと、歯に栄養がいかなくなり、虫歯菌と戦うことができなくなる。抵抗する術がなくなると共に、歯の中で死んだ神経が腐って敵となりさらに細菌が繁殖する。
 
その結果が「抜歯」。
 
私の周りには、抜いたことあるのは親知らずだけ、という人しかいなかった。
抜歯の日が近付くにつれ恐怖は募ったが、治療が終わればそれで終わりだ、もう大丈夫、と思っていた私は、治療後の更なる恐怖を理解していなかった。
 
抜歯をした部位にはぽっかりと穴が開き、最初の数日はズキズキと痛み続ける。
痛みが終われば今度は猛烈な痒さを感じるのだが、これが相当キツかった。
 
歯茎の痒みはなかなか感じることがないと思う。
転んで擦りむいたところにかさぶたが出来るように、歯茎にもかさぶたのようなものができるし、皮膚のかさぶたと同じように痒くなる。しかも掻くことはできない。
この痒みが2週間ほど続き、さらに時間が経って穴が塞がり、なくなった歯の部分に合わせて手前の歯が動くのだが、強靭な歯茎に守られている歯がそんな簡単にポジションチェンジをしてくれる訳がなく、噛み合わせが異常に悪くなる。
そして物が噛みづらくなった結果、反対側で噛むことが多くなり、驚くことに、鼻が左右非対称になってしまった。
数年間の放置が顔のバランスまで変えてしまったことが、とてもショックだった。
 
歯医者に通って1年半が過ぎた頃、やっとすべての歯の治療が終わった。
抜歯した歯は右下の奥歯と、折れてしまった右上の犬歯。
神経は何本抜いたかわからない。
上はほとんどの歯が大小はあれど虫歯になっていた。
 
死ぬまで生えてこない永久歯の半分ほどをキズモノにしてしまったことを、本当に、本当に心の底から、後悔した。
 
もっとはやく歯医者に行っていれば……、治療しかけた歯を放置しなければ……、散々考えたが、一番大事にしなければいけないはずの私が治療を放棄して失ってしまった健康な歯は一生戻ってこない。
 
歯は一生ものの恋人だ。
 
体調がどんなに悪くても、食べ物を咀嚼し、栄養を取り入れ、回復の手助けをしてくれる。
固いものは奥歯が率先して引き受けてくれ、笑ったときに見える綺麗で白い前歯は明るくて清潔な印象を与えてくれる。
私たちをいつも、どんなときも、一番近くで支え、助けてくれる。
 
普段当たり前のように食事ができるのは、友人や家族と笑いながら話せるのは、すべて歯が健康でいてくれるから。
食べることが大好きなのに、虫歯の痛みを我慢していた時は何を食べるにも覚悟が必要で、アイスは食べれなかったし、熱いものは熱いうちが美味しいのに冷ますことに必死で食べる楽しみは半減していた。
その上、将来、人間にとって重要なコミュニケーションである会話が、人生の間少し放置したことが原因で、出来なくなってしまうとしたら。
治療に対する恐怖より、ずっとずっと恐ろしいことだとは思わないだろうか。
 
私は、28本の恋人のうち、2本を殺してしまった。
これは生涯変わらないことだし、残りの26本を大切にしながら生きていくしかない。
数年間、雑に扱っていた恋人達を丁寧に扱うことが、正直面倒になるときもある。
しかし、これまで私が健気な恋人達にしてきたことを思い出すと、二度と同じ過ちは犯せない。
 
「定期検診なんて行かなくても、痛い歯はないし大丈夫」
 
どうかそう思わないでほしい。
健康な歯を犠牲にしてしまう前に、歯科医なら私たちでは気付けないようなサインにも気付いてくれる。
恋人達を大切にしてあげてほしい。
 
定期検診を半年に一度にしても恋人達と健康で生き続けられることを目標に、今日も私は歯と向き合っている。
 
 
 
 
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2020-01-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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