おばあちゃまに会うのが、怖い。
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記事:吉池優海(ライティング・ゼミ 日曜コース)
「井口文華堂、なくなるみたいだよ」
「えぇ!? うそ、なくなるの?」
思わずスマホを落としそうになった。
すぐさま情報を調べ、それが店舗が縮小され、移転するだけだったことを知った。
「驚かさないでよ、移転じゃん」
「なんだ、そうか。ごめんごめん」
ちゃんと理解しないまま伝えちゃうんだからママは。
悪態をつきながら、私のお気に入りだった、その移転される予定の文具店のことを思い出していた。
母は続けた。
「あの辺も変わっちゃったわねぇ。あなたがよくおじいちゃまと行ってた本屋さん、美容院になったの知ってる?」
「あぁ、前に見たよ。潰してやりたいねあんな美容院」
母に向けられていた私の悪態は、文具店の前に既に奪われてしまった私の思い出の場所に新しく経った美容院に対するものへ変わった。
文具店も、本屋も、祖父母の街にあった。
祖母は、今もその街に住んでいる。
文具店や本屋だけではない。祖母の住む街は、どんどん変わっている最中だ。
それはわかっていた。
おばあちゃまに会うのが、怖い。
いつからだろうか。そう思い始めたのは。
おばあちゃまのことは、もちろん大好きだ。
自分の家から1時間と少しのところにある祖父母の家に行けば、いつも「ゆうみちゃん、よく来たねぇ」とにこにこしながら迎えてくれた。
「学校は楽しい?」「おばあちゃんね、こんな絵はがきを描いたのよ」
そんな他愛もないお互いの近況報告をしながら、出してもらったお菓子やくだものを食べる。
どこにでもある祖母と孫のやり取りだった。
私は、先述の大きな文具店と、書店が好きだった。
祖母と出掛けることは少なかったが、祖父と街巡りをしに行くときには玄関まで出て見送ってくれた。
祖父母宅に帰ってから、おじいちゃまに買ってもらった本を自慢すると、おばあちゃまは「ゆうみちゃんはこんな本が読めるの? すごいわねぇ」と老眼鏡を使いながらしげしげと自慢した本を眺めていた。
祖父母宅にある、小ぢんまりとした庭も好きだった。
殺風景な庭ではなく、丁寧に手入れをされている草木や花に覆われている、緑いっぱいの庭。
おひさまの光が差し込む庭で遊びながら、庭に面しているリビングの窓を開けてもらい、ソファに座るおばあちゃまと話をするのが好きだった。
街巡りはおじいちゃまに、おうちのなかではおばあちゃまに甘えるのが私の祖父母との日常だった。
11年近く前、祖父が亡くなった。
小学生だった私にとって、いることが当たり前だった人間がいなくなるというのは12年間の出来事で一番センセーショナルでショックな大事件だった。
それはもちろん私だけの大事件ではなかった。
「おばあちゃま、ちょっと、記憶がね」
真面目な顔で母がいったのはいつのことだっただろうか。
「アルツハイマー型だって。」
驚きは少なかった。
祖父が亡くなってから、たまに会う祖母から私の名前が出てこないことがしばしばあったし、鍵の場所や、いく予定の場所を忘れていることが多かったのはわかっていた。
おばあちゃまが、認知症。
おじいちゃまの死を経験したばかりの中学生の私に、再びセンセーショナルな話題が飛び込んできたのだった。
それを知ってからも、祖母の家にはよく遊びにいっていたが、高校生になり、忙しさを理由に祖母の家に遊びにいくことが少なくなった。
いつの間にか、おばあちゃまに会うのが怖くなっていた。
次会ったときには私のことを忘れているかもしれない。その恐怖が私をそんな気持ちにさせた。
会わなければ会わないほど、忘れてしまうかもしれないというのわわかっていたが、祖母に会うのは年越しの時期だけになっていた。
年に一度しか会わなくても、病気が進行しているのは接している数日間だけでひしひしと感じていた。
年が明けて今年になり、『長いお別れ』(中島京子,文春文庫)という小説に出会った。
認知症を発症したおじいちゃんと、その家族の話だ。映画化もされているらしい。
この小説を書店で見かけた時、小説の裏表紙にあるあらすじを読んで祖母を思いだし、買わずにいられなかった。
すぐに読了したが、読み終えたあと、今後待ち受けているかもしれない、いや、待ち受けているであろう壮絶な未来に気付いてしまい、放心状態だった。
おばあちゃまの今の症状は、序章に過ぎなかった。
変わり行く街のことを理解できず、私が遊びにいっていた頃の街も思い出せなくなるだろうことに恐怖を感じた。
それでも、街は、街に住む祖母が街を理解できなくなっても、私の思い出の場所を奪い、現代の日本人にとって住みやすい街に変わっていく。
本屋は美容室になり、少し前まではどこの街にもあったであろう2階まである大きな文具店は店舗を縮小し、裏通りに移転する。
おばあちゃまは、住んでいる街のことを忘れ、孫の私の名前を思い出せなくなり、私に見せてくれた絵はがきを描いたことも、私が庭で遊んでいたことも、そして、私のことも忘れてしまうのだろう。
大好きな書店がなくなったときも、大好きな文具店が規模を縮小することになったときも、思い出をスコップで掬われてどこか知らないところに放り投げられた気持ちになった。
大好きなおばあちゃまも、こうして、「私」という記憶をスコップで掬い、どこか知らないところに放り投げてしまうのだろうか。
街も、おばあちゃまも、私が気付かないうちに私の知らないところに行ってしまう。
大好きな人本人の望むことなら、仕方ない。
だが、本人が忘れたくないことすら、認知症という病気は知らず知らずのうちにどこか知らないところへ勝手に放り投げてしまう。
望んでいないのに記憶がなくなってしまうこと、日常生活がままならなくなること。
周りだって変わっていく祖母を見ているのは辛いが、一番つらいのはおばあちゃまだ。
変わっていく街も、進行していく病気を止めることも23歳の無力な私には止めることが出来ない。
だが、私がこのタイミングで『長いお別れ』に出会えたことは、目を背けていた現実に向き合い、おばあちゃまに会おう、と思わせてくれるきっかけになった。
この本を読まなかったら、認知症という病気に向き合おうという気持ちも、おばあちゃまに会いに行かなきゃ、という気持ちもまだ湧かなかったかもしれない。
おばあちゃまの中の私の記憶を、少しだけでも留めておく方法がある。
私の名前が出てこなくなっても、会うことを怖がらず、たくさん話してあげることだ。
留めておける期間は少しだけ、ですらないかもしれない。
すぐに忘れてしまうかもしれない。
それでもめげずに、話をしようと思う。対話すること自体が大事なのだから。
おばあちゃまの記憶がなくなっても、おばあちゃまは私の大好きなおばあちゃまなのだから。
中島京子『長いお別れ』,文春文庫
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