サラリーマンの心のオアシス
記事:Ryosuke Koike(ライティング・ラボ)
金曜日の夜のことである。
退社後、私は1人電車に乗り、「あの場所」へ向かう。
華の金曜日を大人数で飲み明かすのは大好きだが、最近は誘いも断りもっぱら1人で行動している。
電車を降りて改札を出る。目指す建物は信号を渡って真っ直ぐだ。
1階からエレベーターに乗り込む。押す行先ボタンはいつも一緒だ。
エレベーターを降りる。向かう先は右に進んで3番目のドアだ。
ノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開ける。
中からは、若くてにぎやかな声が漏れ聞こえてくる。
しばらく待っていると、奥の方から小走りで駆け寄ってくるシルエット。
いつもの子だ。
「○○さん!」
私の前に立ち、満面の笑みで迎えてくれる。
仕事の内容が変わり、なかなか慣れずストレスが溜まっている私にとって、ここは癒しの場所だ。
応対してくれた「いつもの子」の後に着いて、奥へ進んで行く。
備え付けのハンガーにスーツをかけた後、指定席に座る。
ほどなくして、目の前のテーブルにお酒や食べ物が運ばれてきた。
お酒はもちろんウイスキー。
「いつもの子」が隣に座り、氷の入ったグラスにソーダ水を注いでくれる。ストレートやロックだと、翌朝が辛い。
まだ慣れないためか日によってウイスキーの濃さが異なる。仕方がない。それも愛嬌だ。
注文して相手のグラスにも飲み物を注いでもらう。準備が出来たところで、
「乾杯!」
グラスを鳴らす。
ウイスキーを喉元に一気に流し込む。痺れるように気持ちいい。
「いつもの子」もぐいぐいと飲む。私の方を向いて、
「おいしいね」
この笑顔がいいんだ。
お互いの最近の出来事を語る。
「今ねー、●●が好きなの」
「●●って何?」
「えー、知らないの? ●●はね……」
そんなに年を取っていると自分では思わないが、若い子の話にはなかなかついていけない。
こんな感じで2、3杯も飲むと、ほろ酔いになる。
気付いたら、体が密着していた。
決して私からではない。決して。
ひどいときは、膝の上にもたれかかるように足を摺り寄せてくる。
本人は何の気もないようである。ある意味恐ろしい。
そうこうしていると、もう一人の声に気付く。
最近入ったばかりの「あの子」。
「あの子」へ視線を送っていると、隣の「いつもの子」はちょっと機嫌が悪くなる。
注意を引こうとさらに話しかけてくる。ますます近寄ってくる。
「あの子」に話しかけているときは、すねた態度を見せる。
そんなはずはないと思うが、私なんかに嫉妬しているのだろうか。
心休まる楽しい時間も終わりはやってくる。
そろそろ時間だ。
私は立ち上がり、ママに合図を送る。
察知したようで、「いつもの子」が私の手を握ってくる。
「もう終わり?」
「もう時間だよ」
行こうとするも、私の手を離さない。
「いつもの子」の顔を見つめる。
「いつもの子」は、顔をそらして
「今日は、一緒がいい」
私はグラスを拭いているママに再び視線を向けた。
頷くママ。
私は手を引っ張りあげ、「いつもの子」を立たせる。
そのまま抱き付いてきた。
手を繋いで、「いつもの子」と部屋を出ていく。
一緒に風呂に入った後、「いつもの子」は私の隣で寝息を立てていた。
あどけなさの残る顔。罪悪感がないわけではない。
眠る長男の顔を見ながら、娘が生まれてからの接し方を考えていると、いつのまにか眠りに落ちた。
ほんのつい最近まで幼児の顔つきだった長男が、少年に成長していた。
帰宅すると玄関まで迎えに来てくれるし、私にお酒をついでジュースで乾杯してくれるし、保育園であったことを話してくれるようになった。仮面ライダーや戦隊ものにも興味を示すようにもなった。
一方、娘が生まれてからは、赤ちゃん返りとまではいかないものの、娘に向きがちな私や妻の注意を引くためか、スキンシップがやたらと激しい。
寂しい思いをさせないように私としては気を使っているつもりだが、今まで独占してきた両親を盗む新たなライバルの出現に、嬉しくも戸惑っている部分があるようだ。
こんな状態だが、私は気持ちの上で子どもたちに随分と助けられている。
先輩から「子どもが相手してくれるのは今のうちだけだよ」という話も聞く。
今しかない時間を、家族にとって悔いのないように過ごしたい。
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