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あなたは見知らぬ女性に「黒のマジックペンならあります」と告げることができるか!?


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記事:西部直樹(ライティング・ゼミ)

「あっ……!」

声にならない声を上げていた。
わたしは動揺した。
どうすればいいのだ。
このまま見過ごすのか、
いや、それは、
少しだけ残酷だ。
しかし……。

わたしはいささか動悸の速まる胸を抑えながら、
昔のことを思いだしていた。

中学生か高校生の頃、親の読んでいた週刊誌を盗み読みしていた。
その中に東海林さだおが描くサラリーマン漫画があった。
その漫画の一コマが思い起こされたのだ。

タンマ君だったか、ショージ君が、上司と行きつけのバーに行く。
馴染みのママさんが、上司の鼻毛が出ているのを見つけて
「あら、ターさん、鼻毛が出ているわよ」といって、抜くのである。
クラブのママは、客の鼻毛を抜くのか!
鼻毛が出ているのは、いささか恥ずかしい。
それを「出ているわよ」というのではなく、抜いてしまうという行動に出るところが、すごいなあ、と子ども心に、思ったものだ。
ママの行為は、相手に恥ずかしいおもいをさせるのではなく、させないようにするもてなしの心なのだろう。

漫画の一コマから、大学生時代の一コマも思い出された。
大学1年の頃、所属していたサークルには公認のカップルがいた。
女性は2年生で小柄で可愛い人だった。いつもショートパンツをはいているのが、なんとも眩しく思ったものだ。
朝、大学構内の休校掲示板(40年ほど前の大学では、講義の休講は掲示板に張り紙で知らされていた)の前にたむろしていると、その女性の先輩がやってきた。
「おはよう!」と爽やかにあいさつをしてくる。
彼女は、薄く化粧をして、その日も悔しいほど可愛らしい。しかし、彼女を見た時、「お、おはようございます」とあいさつが少し躊躇いがちというか、滞りがちというか、滑らかに出てこなかった。
先輩の小ぶりな鼻から一本、鼻毛が出ていたのだ。
可愛らしい顔と鼻毛はとても不釣り合いだった。
年下のわたしは、ただ目を逸らし、ショートパンツからすんなりと伸びた脚を見ることしかできなかった。
そこに先輩の彼氏である4年生がやってきた。
彼は彼女を見るなり、
「おまえ、鼻毛出ているぞ」と、いって笑うのだった。
彼女は、「え~っ!!」と叫び、顔を背けて「え、え」といいながら、どこかに行ってしまった。
成り行きに呆然としながら、わたしは4年生の先輩と力なく笑っていた。

女性に、若い十代の女性に他人の面前で「鼻毛が出ているぞ」と指摘する彼氏の勇気というか、剛胆さに驚いた。
気の弱いわたしには言えないことだ。
しかし、言わない方が彼女にとってより恥ずかしいことだったろう。
誰もが彼女の顔を見れば気がつく、こっそりと笑われたかもしれない。
少しの勇気が彼女を救ったのだ。勇気というか無神経さというか難しいところだが。

少しの勇気を出して言ってみるとどうなるのだろう。
ということをレポートした「キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか」という北尾トロ氏の本があったな。
そのタイトルに衝撃を受け、思わず読んで脱力し、笑い転げたものだ。

動揺しながら、このようなことを思い出していた。
わずかの勇気か。

わたしを動揺させたのは、一人の女性だった。

駅に向かう道を歩いている時だった。
横道から、ブラックスーツの年の頃なら30代くらいの女性がやってきた。
少しだけわたしの前を歩いていく。
休日の午前だ。
ブラックスーツと言うことは、なにか慶弔事でもあったのだろうか。
何気なく足もとに目をやる。
スカートから伸びた脚は黒のストッキングで覆われている。
右のふくらはぎが視界に入った。
うん?
どうも違和感がある。
不調和な感じがするのだ。

黒一色のはずの脚に、肌色の縦線が見える。

彼女のストッキングが伝線しているのだ。

ビシッと決めたブラックスーツ、髪も申し分なく整えられている。
後ろ姿なので、正面はわからないけれど、これから向かう先に失礼のない装いをしているのだろう。
しかし、ストッキングが伝線していては、画竜点睛を欠く……。
右足のふくらはぎあたりだ。
自分ではわからないところだ。

このあと電車に乗っても、自分のふくらはぎを改めて見ることはないだろう。
しかし、他の人からはわかってしまう。
「あ、伝線している!」と。

これは鼻毛と同じだ。
自分では気がつかない。
しかし、他の人にはわかる。

気がついたわたしはどうすればいいのだろう。
タンマ君かショージ君の上司の馴染みのクラブのママのように、
「あら、君のストッキング、伝線していますよ。代わりをどうぞ」と、ポケットからストッキング(黒)を渡せばいいのだろうか。
常日頃、女性のストッキングに目を配り、伝線を見つけ次第代わりを差し出せるように、ストッキングを持ち歩く習慣はない。
だから、いまわたしのポケットの中には、女性用のストッキングは入っていない。
残念だ。

せめて、大学時代の先輩が彼女に鼻毛が出ているといったように、
「あ、伝線していますよ」と、追い抜きざまに告げればいいのだろうか。

あるいは、少しの勇気を出して
「すいません。ちょっとお話があります」と、物陰に誘い込み、右足のふくらはぎを指さして、「伝線しています」と言えばいいのだろうか。

わたしがどのように伝えればいいのか、逡巡している間に、かの女性は駅の改札を通り過ぎ、わたしとは違うホームに向かっていってしまった。

ああ、彼女に幸あれ!
どこかで、伝線に気がついてくれればいいのだが、と祈らずにはいられなかった。

「……ということだ」
と、池袋の賑やかな居酒屋の一角でわたしは話を終えた。
向かいに座る妖艶な人妻は、フンと鼻を鳴らすと
「ダメね!」と、ひと言もとにわたしを切り捨てた。
「ああ、いろいろと考えたんですよね、その人のことを思って」と、妖艶な人妻の隣に座る華奢で華麗な彼女は頷く。
テーブルの誕生日席に座る友人は、
「あ~あ、彼女はどこかで恥をかくことになったぞ、どうするの」となじる。
「でも、いきなり見知らぬ人から、伝線しています、っていわれたら、恐いですよ」
とわたしの隣に座る清楚な装いの女性が笑いながらいう。
彼女は、華奢で可憐な彼女の友達だ。卵形の顔に少し赤みがかった長い髪。赤い大きなリボンで束ねている。
「わたしなら、あ、ありがとうございます、っていって、トイレにいくなあ」
と、華奢で可憐な彼女は、いぶりがっことクリームチーズ和えをクラッカーにのせながら言う。
「なんでトイレ?」友人は、ホワイトホースのロックを舐めながら聞く。
「だいたい替えを持っているのよ。ごく普通の女は。伝線しやすいからね。ストッキングは」と、カルアミルクを飲みながら妖艶な人妻は宣う。
「そうなんだ」わたしは感心してしまう。女性は用意周到なんだなと。

「これ、美味しいですよ」と、清楚な装いの女性がイブリガッコのクリームチーズ和えののったクラッカーを差し出してくる。
「あ、ありがとう。華奢で可憐な彼女の友達は、なんだか女子力が高いような気がするなあ」と、わたしの向かいに座る女性二人を見やりながら言ってみた。
「くだんない!」妖艶な人妻は、クイとカクテルを飲み干す。
華奢で可憐な彼女は、ふふ、と笑って友人の方を向いてしまった。
「ところで、君は伝線したらどうするの? 替えは持っているの?」と、清楚な装いの女性に聞いてみた。彼女はショートパンツに黒のストッキング、ヒールの高いブーツを履いていた。
「え、伝線していたら、黒のマジックペンで塗る、というか描く。黒のマジックはいつも持っているの、意外とわからないものよ、ふふん」といって、大ジョッキに半分ほど残っていたビールを飲み干した。それから、上唇についた泡のひげを舌で嘗めとった。

わたしは彼女の豪快な飲みっぷりを呆然と眺めていた。
揺れる赤いリボンが可憐だ。
しかし……。

伝線したストッキングをはいていた女性のことを思った。
彼女は、黒のマジックペンは持っていたのだろうか、と。

 

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