南の島には時間を操る人が居る~島時間の魔法~
記事:わたなべ みさと(ライティング・ラボ)
問題:あなたは親しい人と待ち合わせをしています。ところがいつまで待ってもその人が現れません。あなたはどうしますか?
- 何時間でもその場で待っている
- 近くの喫茶店で時間をつぶす
- あと5分経って来なかったら帰る
というような内容の心理テストを昔やったことがある。
その時私は2を選んだと記憶しているが、それは建前で、本心では間違いなく3であった。ともすればあと5分すら待たず、一刻も早く帰ってしまいそうな勢いであった。
私は、15分前行動が鉄則できっちり几帳面な父と2度寝3度寝は当たり前、遅刻常習犯の母という、両極端な時間間隔をもつ夫婦の間に生まれた。
父と出かける際には無言の圧力で急かされ怒られ、涙なしには出かけられない。
母と出かける際には、あと5分が十数回と連なり30分、1時間と時間がどんどん過ぎていく。
時間に厳しすぎる相手との待ち合わせの大変さも、時間にルーズすぎる相手と行動する大変さもよく知っているつもりだが、どちらが大変かと問われればルーズな方だと答える。
それもそのはず、時間に厳しい人との行動は相手の機嫌が悪くなるデメリットだけで済む(実際はそれが非常に困るのだが)が、ルーズな人は、学校などの公的な用事で困ったり、予約していたのに間に合わずキャンセル料が発生してしまったり最悪相手に迷惑をかけてしまうからだ。いつもそんな調子じゃ困ってしまうので私が母と家を出る時は敢えて1時間前の時間に設定するなど、嘘の予定を教えて時間の調整を図っていた。
ってわけで、時間にルーズな人は、几帳面すぎる人以上にきついし大変だと思うの!
そんなことを話す機会があって友人に愚痴っていると、友人は笑いながら、
「あー、しょうがないよ。島時間なんだよ、島時間」
なんてのんきな返答を返してきた。
「シマジカン?」
ちょっと気になって「島時間とは」で検索をかけるとウチナータイムという単語が先頭に表示されたので、そのページ(wikipedia)を開いてみる。
ウチナータイム(日:沖縄タイム、沖縄時間)とは、日本の南西端沖縄県に存在する、日本本土とは異なる独特の時間感覚。または、沖縄において集会・行事などが予定時刻より遅れて始まること。
南国であるためかその時間はゆっくり流れ、細かいことや過ぎたことは気にしないとされ、飲み会その他各種集会などへの30分や1時間の遅刻はザラである。本土復帰前である1964年(昭和39年)に制定された那覇市民憲章には「時間をまもりましょう」が盛り込まれていたほどであった。云々――
なるほど。
島時間(しまじかん)とは時間の感覚がゆっくりである沖縄の県民性のことであり、友人は沖縄県民の時間間隔を時間にルーズな母にあてはめたのだろう(母やうちの家系には沖縄出身者はいないのだが)。
流れている時間が違うのならしょうがない。
時間にルーズな輩は「島時間」という魔法をかける。あたかもRPGの魔法使いが時間操作の魔法を掛けるかのごとく、時を自在に操っているというのだ。
勝手な奴らめ。魔法のように時間操作が出来るだって?なんて相対性理論クソくらえな思想、アインシュタインもびっくりだ。そしてマジックポイントもなければ魔法使いというジョブすら持っていないしがない村人Aである私は、その成り行きを見守るしかないのだ。しかしそれでいい。私はただ粛々と時間に忠実であればいい。せいぜい私が「シマジカン」なんて馬鹿にされないように、反面教師にすればいいだけ。そんな魔法を使わないまま人生を終われるように気を付けようと心に誓うのだった。
そんな折、数年ぶりに会う方から飲み会のお誘いがあった。沖縄で出会った方で、東京で会うのは初めてだったと思う。
「7時に池袋駅西口、7時に池袋駅西口」
呪文のように連呼して目的の場所を目指す。
池袋駅は迷いやすいので、事前にちゃんと場所を確認した。そして念には念を入れてかなり余裕を持って出たので10分前には目的の改札前についた。
5分経過。
おもむろに携帯をいじる。こんな日に限って暇つぶしの本は持ってないし、ipodも充電切れだった。
さらに5分経過。何の連絡もない。
さらに5分経過……
電話してみようか、いや、まだ5分しかたってない。細かい女だと思われたら嫌だし……。
時間だけが確実に過ぎていくはずなのに、待っている間ってどうしてこう時間が過ぎるのが遅いのだろう。
腕時計を見る感覚が1分間隔になり、しまいには30秒間隔になった。
つま足は小刻みに震え、タンタンと靴音でテンポの速いリズムを刻む。
ここで偶然知り合いがここを通りかかったら、どこからどう見てもイライラしている私に声をかけるのをためらうだろう。そのくらい、私の顔は険しかった。
「このまま会えなかったらどうしよう」
「お店、キャンセル料とかにならないかなぁ?」
不安からくる苛立ちが増していくたびに
「島時間、島時間」
そうぶつぶつつぶやいては、イライラする気持ちを抑えていた。
そうして待ち合わせから15分たった。
いや、あと5分だけ待ってみようか、でも……。
そうこうしているうちに待ち合わせから30分を過ぎたので、いい加減電話してみよう。と携帯を取り出した。
3コール鳴ったか鳴らないかですぐに通話に切り替わる。
「今、どこですか? 」
「久しぶり、もう西武口に着いているけど――」
え…?
ちょっとまって今西武口って言ったよね?!
すぐさま受話器を耳から放しポケットのipodをさぐりイヤホンを抜いた。
「ちょっとまってください」
そう言って通話をイヤホンに切り替えて、通話したままメールボックスを見直すと
『では、西武口に7時集合で――』
と自分で送信したメールが見つかった。
池袋駅は、西口に東武デパートが、東口に西武デパートがあるややこしい駅であり、わたしのいる西口と、相手のいる西武口はまったく別の場所にある。
なんという初歩的なミス。さっと血の気が引くのがわかった。と同時に見る見るうちに顔が熱くなってくるのがわかった。
恥ずかしい!
恥ずかしすぎる!!
さっきまで足をタンタンさせながらイライラしていた私めちゃくちゃ恥ずかしい!
自分が場所間違えてるって発想は無かったのかよ!しかも待ってる態度めっちゃ偉そうだし!もういやだわ、わーん!何が島時間だ私の馬鹿ー!!
穴があったら入りたい、願わくばこれは夢だったということにしてこのまま帰ってしまいたい。
あまりの恥ずかしさに足はもつれ、何度かつまずき、それでも慣れないパンプスで必死に走ったら足にうっすら靴擦れができた。走った為だけとは言い難い汗をかきかき、予定を大幅に遅れ到着。こんなはずではなかったのに!
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
ひたすら謝る私に
「いいっていいって、なんくるないさー」
そういって気にするそぶりを見せない遠い沖縄の知人は懐かしい笑顔で実に楽しそうに待っていた。
邪気がない、屈託のない笑顔でくるりと向き直ると、じゃあいこうかーと陽気に歩き始める。その姿と「島時間」という単語がすごくしっくり重なった。
それと同時にある可能性が頭に浮かんだ。
もしかすると――
島時間って、今までけなし言葉だと思っていたけど、むしろすごい褒め言葉なんじゃないか。
頭の中でオセロが次々とひっくり返っていくような感覚だった。
島時間は、待たせる人間が使う自分勝手な魔法じゃなくて、待つ人間が、待っている人が遅れてきた人を恐縮させないおおらかさのことを言うんじゃないだろうか。待ってる時間をイライラする殺伐とした時間から人と会うまでのわくわくの時間に変える、時間の質を変える魔法のことなんじゃないかと思ったのだ。
時間にルーズな島人の気質が「島時間」なのではなく、待っていられる「島時間」を持った人がたくさんいるから、待っていられない私たちから見ると、「沖縄は時間にルーズ」になってしまうのではないかとさえ思う。
もちろん待ってもらうことに甘えてはいけないとは思うが、きっと細かいことを気にさせない陽気で温かい気候に育まれた沖縄の人たち心の大きさが「島時間」という概念を築いてきたのだろう。
それならば、その魔法は、マジックポイントもジョブも必要ない。私の心がけ一つで変えていける。ただの村人Aである私でもおおらかな気持ちを育むことで、人を待つ時間を特別なものにできるならば――。そう考えずにはいられなかった。
この時私は「島時間」という単語をしっかり理解することができたと思ったのだ。
「あなたは親しい人と待ち合わせをしています。ところがいつまで待ってもその人が現れません。あなたはどうしますか?」
そう聞かれたら
イライラして待つよりも、痺れを切らして帰ってしまうよりも、
そんな時間をも楽しんでしまうような人間になれば、もっと幸せに生きられるような気がする。
だから私は、
親しい人に会えるうれしさで胸をいっぱいにしながらそこでいつまでもまっていられそうだわ!そう笑って、迷わず1番を選びとれる人になりたいな、と思ってしまう。
後日、事の顛末を話したら、友人は腹を抱えて笑いながら
「しっかし、西口と西武口を間違えるなんて、本当におっちょこちょいだね。あなた昔、大井町と大手町を間違えたこともあったよね」
うっ……。
笑顔で待っていられる人間になるためにはもちろん先に到着することが前提なのだが……。
私の場合はその前に、正しい場所で待つところからから始めなければならなそうだ。
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