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想定外のことは予期しないときに起きるもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高林忠正(スピード・ライティングゼミ)
 
 
百貨店という業種には共通項がある。
 
品物を販売する特別な場所
不特定多数の人が集まる場所
きれいな女性販売員がいる場所
 
これだけでは他の小売業であるコンビニエンスストアやスーパーも同様だが、百貨店にはその名のとおり百貨の品物が存在する。
 
いわゆるデパ地下から、アパレル、さらには宝飾品、各種ブランド品などの高額品までが1つの建物のなかに組み込まれているのである。
1年間でポルシェ2台分のお買い物をされるお客さまもいる。
 
品揃えもまさに百花繚乱。
以前は丁寧な接遇というお褒めの言葉をいただいたこともある。
 
しかし一番は、想定外の緊急事態が日常茶飯事で起きる場所なのかもしれない。
 
銀座の店舗に勤務していたときのことである。
 
銀座といえば買い物客が集まるだけではない。
日本のなかでも、最も多くのヒト、モノ、そして情報を含めたマネーが集中して、高回転している場所である。
 
その日私は、担当しているスポーツ用品の売場にいた。
昼を過ぎ、フロアはいつものように、日本人のお客さまをはじめ、海外からの旅行者の方たちが増えてくる時間帯となっていた。
たまたま、40代くらいだろうか、青い目のご婦人と目が合った。
商品のレディスゴルフウェアを手にしている。となりには、にこやかな表情のご主人がいた。
白人のご夫妻。
私はお二人をフロアの隅にあるレジスターまで案内した。
 
まだ品物を簡易包装するという習慣はなく、いつものように手元で赤色の包装紙に包み始めようとした。
私の視線は下にあった。
 
そのときである。
 
“Oh, my God!!”
フロア中に響き渡るような叫び声が聞こえた。
奥さまだった。
 
次に、
“Passport, Passport, Passport, Passport”
とうわ言のように言ったかと思うと
 
いきなり泣きじゃくり始めたのである。
 
瞬時に、彼女がパスポートをどこかに置き忘れたと判断した。
 
ことばは、ご主人に向かってのものではない。
ただ、”Passport”と連呼しているのである。
声をかけようにも、彼女の目がフォーカス状態である以上、ご主人の声も届いていないようだった。
こちらとしては、まさに為す術もない。
 
レジスターの前で大声で泣き始めた白人女性。
他のお客さまの視線がご夫妻と私に集中しているのがわかった。
 
最初はささやくようだった声も、だんだんヒートアップしてきた。
さらに、“Passport”の声とともに、呼吸が荒くなってきた。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
いわゆる過呼吸症候群だった。
 
ご主人に支えられながら、いつしか彼女はレジスターのカウンターにもたれかかるように前のめりになった。
立っているのもやっとの状態。
 
私自身、お客さまがこんなふうに狼狽するシーンを見たのは初めてだった。
(どうしよう……)
驚きと緊張感満載のなかで、なぜか知らないが不思議と落ち着き生まれていた。
 
“Where have you been?”
 
とっさの質問だった。
奥さまには聞こえていないようだった。
ご主人によると、ご来店の直前に銀座通りの斜向いにある田崎真珠に行かれたという。
 
(きっとあるはずだ)
即座に田崎真珠の代表電話にかけてみた。
 
「パスポートの忘れ物はございませんでしょうか?」
と伝えて折返しの電話を待った。
 
その10分後である。
「店内をくまなく探しましたが、残念ながら……」という回答がきた。
 
お客さまのこととはいえ、最初は人ごとだったが、なにか自分がパスポートを紛失しているかのような気持ちになってきた。
 
再度ご主人に今朝から立ち寄った場所を聞いてみた。
ホテルから、外国人専用の英語の半日ツアーに参加したという。
車窓から皇居を見たのち、浅草で浅草寺と仲見世に立ち寄ったという。
 
(仲見世で落としたのなら、探すのはカンタンではないかも)
 
次に、上野公園を散策したという。
昼食は日本橋人形町ですき焼きに舌鼓を打ったあと、日比谷公園で解散。
ご夫妻は、帝国ホテルに立ち寄って、奥さまは化粧室に入ったとのことだった。
 
(じゃぁ、帝国ホテルじゃないか)
 
帝国ホテルの代表に連絡したものの、それとおぼしきパスポートの落とし物はないという。
 
期待は空振りだった。
 
奥さまはさらに呼吸が荒くなった。
 
「リラァー……ックス!」
 
映画『チャイナ・シンドローム』で、パニックに陥っている同僚を励まそうとするジャック・レモンが叫ぶシーンが下りてきた。
 
さらに「リラーックス」とこんどは優しく声掛けをしてみた。
 
パスポートは見つかるんだろうか?
 
足取りをもう一度聞いてみた。
 
ツアーの解散は、日比谷公園。
その後、帝国ホテルから歩いて銀座通りに出たという。
 
私たちの百貨店にご来店する前は田崎真珠さん。いずれにもない。
 
ご主人の説明をもとに脇にあった紙に書いてみた。
とにかく今は消去法で探すしかなかった。
 
銀座で他になにかされませんでしたか?と聞いてみた。
 
ご主人は思い出そうとしていた。
彼の視線がこちらから向かって斜め右上に向いたときである。
 
”Japanese Sweets”
急に思い出したようなリアクションだった。
 
ジャパニーズスイーツといえば、これって甘味喫茶なんだろうか?
 
具体的な場所について聞いてもご存知なかった。
 
キーワードは、「銀座」、「甘味喫茶」
 
銀座通りにある甘味喫茶の数は10や20ではない。
 
帝国ホテルから銀座通りに向かうとしたら、銀座6から7丁目あたりだろうか?
泰明小学校脇の通りがイメージとして浮かんできた。
 
ご夫妻は日本が初めてという。
ならば、「目立つ店に入る」という仮説を立ててみた。
 
すると
 
あんみつなどで有名な「立田野」が浮かんだ。
すぐさま電話をかけてみた。
「外国からのお客さまで、パスポートのお忘れ物ってありませんでしたか?」
ダメもとだった。
 
電話口に出たのは、ベテランの女性店員さんだっただろうか。
 
「ありまぁーす!!」
 
思わずガッツポーズが出た。
彼女の答えを聞いた途端、私はそのときまで、このご夫妻のお名前も、どちらの国からお越しになっていたのかも聞かずにいたことに気づいた。
 
小売業は品物を売るのが本業である。
百貨店に勤務した28年間は私にとって、販売ばかりでなく、お客さまのお困りごとの解決を学ばせてもらった期間だった。
 
 
 
 
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2020-02-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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