三種の神器を使いこなせ!
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:浦部光俊(ライティング・ゼミ特講)
「えっ、湊かなえ、イメチェンしたの?」
かわいい猫のイラスト、クリーム色のほんわかした雰囲気のカバー。その本を見た瞬間、僕はそう思わずにはいられませんでした。タイトルは「山猫珈琲」 ミステリー作家、湊かなえさんの初のエッセイ集です。
湊さんといえば、日本を代表するミステリー作家。その作品に触れるたび、必ずしもハッピーエンドではないストーリに、なにかスッキリしないという気持ち悪さを感じると同時に、きっと現実とはこういうものかもしれないと妙に納得させられ、その冷静な観察力と描写力には圧倒されるばかりです。
いったいどんなことが書かれているんだろう…… 本の雰囲気は僕のイメージする湊さんとはずいぶん違うけど…… そんな思いから本を買ってみることにしました。
読み始めてみると“ミステリー作家 湊かなえ” の面影はほとんど感じられません。阪神大震災後に思い切って出かけた卒業旅行での思い出や、いつも楽しい時間を過ごしている近所の友達や同級生への感謝の気持ちなどが淡々と語られ、湊さんの人間味あふれる姿が描かれていました。読んでいて、ほっこりした気持ちにされられることが多く、いい意味で期待を裏切られたのと同時に、湊さんの冷徹とまで感じられる小説の根底には、普段の生活の中で培われている人間・現実に対する絶対的な信頼感があるのかなとも考えさせられました。
そんな湊さんのエッセイ集の中で一つ、これこそ、“人間 湊かなえ”と共感してしまったものがあったので、ここで紹介させてください。そのタイトルは「性能上がる三種の神器」
湊さんは、田舎の長男のお嫁さん。周囲には友人・知人は皆無、本人曰く“完全アウェイ”から結婚生活を始めたそうです。はじめは小さいことから大きいことまで、いちいち心を悩ませ、三日に一度は涙を流す日々。それが、30歳を過ぎたある日、ふとあることに気が付きます。「ここ一年以上、泣いていないな」 ただ、泣かなくなったのは、心が強くなったわけでも、人間が大きくなったわけでもなく、「聞き流す」 「やり過ごす」 そして「なかったことにする」 という3つの技を身につけたから。湊さんはこの3つを三種の神器と呼んでいて、結婚をして11年目の現在(執筆当時 2011年)、年月と経験を経て、神器の性能はかなりあがっているそうです。
「いや、まったくその通り」 読んだ瞬間に膝を打ってしまいました。人生をしたたかに生き抜くコツってまさにこれ。仕事でも、家庭でもこの技なしではやっていけなんじゃないでしょうか。もちろん、まじめに物事に取り込むことは大事です。ただ、近頃はそれが少し行き過ぎというか、ほんとの自分を見せることが大事、本音で話せば解決するとなんて雰囲気が蔓延しているような気がします。SNSなどは、その象徴かもしれません。そんな中、湊さんのちょっと引いた態度というか、達観した姿勢は見事、潔ささえ感じてしまいます。
本音で生きるのも大事だけど、私は建前に乗っかって生きていきます。いちいち戦いませんよ。だってその方が楽だから、そう宣言しているよう気がして、湊さんがより身近に感じられるようになりました。と同時に、そこには、人間なんて、みんな、そんなもんだよね、という諦観と、そうは言っても、みんな、同じ人間だよね、というやさしさが感じられ、この一見相反する考えの共存が湊さんの小説の原動力なのかなと改めて考えさせられました。
「やっぱり人間っていいな」 湊さんの人間に対する温かさに触れ、胸が満たされていくのを感じました。そして、ふと小説の存在理由、それは、人間のすばらしさを描くことなのかもしれない、そんな思いが浮かんできました。
嘘をついたり、人を傷つけたり、極めつけには、戦争を起こしてしまったり。人間は過ちを繰り返してばかりです。それでも僕たちは何度も立ち上がり、過去から学ぼうと努力し、顔を上げて生きていこうと誓います。やさしさ、勇気、創造力、そんなものを駆使して、今よりも少しでも前に進めると信じて懸命に生きています。愚かだけど、いや、愚かだからこそ、過去を乗り越え、未来を信じ、真摯に生きていく、小説はそんな僕ら人間の姿を伝えようとしているのかもしれない、なんてことを考えていたら、湊さんの小説を改めて読みなおしたい気分になってきました。
その後、エッセイでは、湊さんが、いかに三種の神器を使いこなすかというエピソードが披露されるわけですが、これがかなりおもしろいというか、納得感があるというか。紹介したいのはやまやまですが、それは読んでのお楽しみということで。そのほかにも面白いエピソード満載です。「山猫珈琲」 ぜひ読んでみてください。
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