メディアグランプリ

帰れないサラリーマン


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記事:平本 智佳(ライティング・ゼミ平日コース)
 
怖い話なんかするつもりじゃなかったのに。
 
「最近富士山なんかバスで来れちゃうから、軽い気持ちで山頂目指す人が増えたらしいね」
「Tシャツ、短パンはあたりまえ、サンダルやハイヒールという軽装もいてひどいよ」
「外国人も増えたし、知らないで来るのか、なめてるのかわからないけどね」
「雨合羽やヘッドランプも持たずに頂上を目指すなど無謀すぎる」
と友人5.6人とファミレスで話していた。
友人たちは、環境調査のために山や森へ入ることが多いメンバーだった。キャンプをしながら泊まり込んでの調査もある。
レジャーとして季節、天候のいい時を選んでのキャンプではなく、日常生活としてのキャンプだ。
だから彼らは、自然の危険性をよく知っていて、どんな低山に入る時でもフル装備でのぞむ。
 
私はといえば、ガチで山に入ったことはない。せいぜい都内から1時間ほど電車に乗れば行けるT山くらいだ。
標高599.15mのT山は、都内の小学生が遠足で行くところでしょというイメージだ。だから、渋谷のスクランブル交差点を歩いているのと変わらない服装の人が多い。ここならTシャツ、短パンで上ったとしても、まあ遭難することはない。
麓から山頂までケーブルカーもあるので、なんなら自分の脚で上らなくてもいい気軽な山だ。
 
私も先日T山で見かけた無謀な人の話でその話題に参加することにした。
「この間T山で6号路を上ってたんだけど、6号路の頂上手前にけっこうキツい傾斜があるじゃない」
「あるね。最後の心臓破り的なヤツ」
「あそこで、下向いてヒイヒイいって一歩一歩になっていたらさ。なんと、背広、革靴のサラリーマンに追い越されました!」
「ええ、ダサすぎ」
「その人、すごく速くて。私の右側にアタッシュケースと革靴の足が見えて、ええっ、この坂を革靴で滑らずに上れますか、と思って立ち止まって顔を上げてみたら、もう姿が見えないの。どんだけ速いのかって」
「おお」
「T山の山頂の自販機にドリンクとかおろしている飲料メーカーの営業マンとかかな、と思ったんだけど」
「いや、それなら車の使える1号路で行くだろ、普通」
「いつも行くから、1号路飽きちゃったんじゃないの」
といいあっていたら、さっきから黙って聞いていたS氏が口を開いた。
 
「俺、その人見たことあるかも」
「ほら、やっぱり、しょっちゅうT山回ってる営業さんなんじゃないの」
「いや、そうじゃないんだよ。ちょっと長くなるんだけど。5,6年前にフクロウの調査でT山に入ったの。テープでフクロウの鳴き声流して、それに反応してくるフクロウが何羽くらい生息しているかっていう調査ね。それで、モノがフクロウだから夜中に活動するじゃん、奴ら。
午前2時くらいに俺ともう一人で見回りしてたら、1号路を下ってくる人がいるわけ。こっちは上りで。すれちがったから「こんばんわ」って声かけたんだけど、返事はなくて」
「え、夜中に下りてきたの?」
「うん。すれちがった時は別になんとも思わなかったんだけど、あとで、あれ、もう終電終わってるよな。こんな時間に山おりても帰る手段ないよな。車で来てるのかな。なんてもう一人と話してたんだよね」
「たしかに。ちょっと遅すぎる時間だよね」
「それで、明け方に頂上のエリア担当の先輩から電話がかかってきて、なんだろうって出てみたら、もう電話の向こうで絶叫してるの。自殺してる人見つけちゃったって」
「ええっ、それは最悪の遭遇」
「山頂の茶屋の先に藤棚あるの知ってる? そこで首吊っている男の人がいるんだけど、怖くて下ろせないって。もうパニック」
「その人、亡くなられたの?」
「そう、お気の毒なことに。それから警察呼んで、現場検証して。先輩は第一発見者だからいろいろ聞かれて。もう調査どこじゃないの。まあ、検死の結果、亡くなったのは前日の夜21時くらいだろうっていうから、先輩が下ろせなくても罪悪感は感じなくていいよっていう状態で」
「まさか、その人が」
「さっき、平本さんがいったとおりの服装だった。で、俺たちが午前2時にすれちがった人も同じ格好」
「偶然にしては、なんだろう。ぞわっとした」
「うん、俺も5,6年ぶりに思い出して。なんか合致しすぎ」
「そんなにT山に、背広、革靴、アタッシュケースのサラリーマンいないよね」
「軽装のヤツはいっぱいいるけど、背広はね」
「私は追い越された時、すぐ見失ったから顔は見てないんだよね」
「俺も1号路ですれ違ったときに、顔の印象はないの。暗かったし、一瞬のことだし。ただ今思えば、なんか影は薄かったかなあ。午前2時ってすでに亡くなってた時間なわけだし」
「……帰れないのかな」
「帰れないんだろ。だから、ずっとT山の中ぐるぐる回っているんじゃないのかね」
「そうなんだね」
 
5,6人でファミレスの一角を占拠して、それまでガヤガヤと騒がしかった私たちは、すっかり静まってしまった。
それ以来、私はT山には登っていない。
 
この話はフィクションではなく、実話である。
 
 
 
 
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2020-02-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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