名前が言えない私
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:氏野祥太(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ああああありがとうございますっ!」
おかしな目で見られることなど慣れている。
一番辛いのは「なんやねん。ちゃんと言えよ。」
こんなやりとりは、小学校に入ってから12年間続いた。
人前で話そうとすると、言葉が出なくなる。もしくは連発してしまう。
「吃音」と呼ばれる症状である。
元々発声ができないわけではなく、緊張によるところが非常に大きい精神的なものである。
その症状は、子供の頃に観た、あるアニメが原因だったのではないかと思う。
主人公が、あるキャラクターの名前を怯えながら呼ぶシーンがあった。
怯えた時、最初の文字が連発して発せられる。
そのシーンのモノマネを良くしていた私は、兄弟の前で何度もモノマネをしていた。
ただ、いつからか、その連発する癖が治らなくなってしまった。
私の名前は「氏野(うじの)」という。「氏野」の「う」が綺麗に発声できない。
「ううううううじの」となってしまう。
小学校一年生の時、クラス皆に向かって自己紹介をする時、
「ううううううじのしょうたです!」笑いが起きる。恥ずかしい。この場から立ち去りたい。
自分の名前も呼べないなんて……
以降、皆の前で発表することが怖くなってしまった。
音読など最悪だ。最初の文字を連発しないように、咳込んで紛らわす。
もしくは「えー」と頭につけることで、吃らないようにする。「えー、ありがとう」こう言った具合である。
幸い、普段友達と喋っていると吃音など気にならない喋り方のため、友達は多かった。
交友関係は広く、地域のソフトボールチームに所属していたこともあり、他の学校の生徒とも仲良くなれることが多かった。
ただ、聴衆の注目を集めるようなことは心の底から避けたかった。
野球大会の選手宣誓など、引き受ける人は正気の沙汰ではないと思っていた。
中学校の時は生徒会長を勧められたが、断固拒否した。全校生徒の前で演説というものを行っていたため、それが嫌で生徒会長とは縁がなかった。
大学生になり、某アパレルブランドでアルバイトをしていた時、電話対応や、マイク放送など、緊張する場面で声を出すことが増えた。
まずは電話対応。見知らぬ人からかかってきた電話。緊張で名前が言えない。どもってしまう。店員の控室にいると他のスタッフに聞かれることも嫌だった。後で指摘されるのではないか?と恐怖心が出たからだ。電話をとってもバックルームに行き、話すことにした。いつしか電話は慣れてきたのでほっと胸をなでおろす。
問題はマイク放送だ。用意されたお買い得商品の案内。随所にどもってしまう文章がある。
吃音の人は母音・か行・た行・ら行が言いにくいとされる。いずれも息を上手く使いこなす必要がある音である。
「ありがとうございます。」「価格」など。
言えないため、避けてきた。その代わり、店内での呼び込みや接客などを人一倍こなして、なんとなく、マイク放送をしなくても問題にならないように避けてきた。
社会人になる時、吃音というコンプレックスがありながらも、文系だった私は、なんとなく人と話すことが好きだったため、営業職についた。
ただ、やはり、皆の前で自己紹介する時はどもってしまう。
「変わらないなぁ。」と思いつつ。凹む。
そして、初めての上司と面談。緊張している。自己紹介などするのだろうか。
「はははははははじめまして。○○です。」
と言ったのは私。
ではなく、なんと上司が吃音だった。
衝撃だった。
吃音の人は、私以外で身近にいた人はいなかった。
しかも、何も気にした素振りなど見せない。普通なら、恥ずかしさがあからさまに顔に出るはずである。
でも、続ける。吃音など気にすることもなく、話を続ける。
恥ずかしさなど微塵も感じさせない。
衝撃の面談から2週間。
少しずつ社会人というものに慣れてきた頃、30歳も年上の庶務の方と仲良く話している時、ふと上司の話になった。
「○○さん(上司のこと)、独特な喋り方やけど、あの必死さが好きやわぁ」と。
「変だと思わないですか?」と聞いてみても、「あれはあれで○○さんの特徴やん。音痴な人と一緒やろ?」
今までの考え方ががらっと変わった瞬間だった。
「吃音=マイナスのイメージ」だった私の考えは、誤っていた。
20年間背負ってきた何が入っているかわからない重い荷物が、降ろされた瞬間だった。
それ以降は、吃音が出ても堂々としようと心に決めた。
営業電話で名乗る時、どうしても吃ってしまう。ただ、気にしない。
伝えたいことを必死に伝える。堂々とする。
社会人6年目を迎える今、名前を言う時も緊張することが減り、スラっと言えるようになってきた。
私自身が、負い目を感じ、過度に敏感になっていたからだろうか。
吃音が出たとしても、評価してくださる人はいるのだ。
年齢層が同じであり、狭いコミュニティの中で生きてきた私には、気付かなかった。
自分とは異なる人をどう捉えるか。どう接していくのか。
吃音だからと人格否定されたわけでもない。他者に不利益を被る人ではない。
その人の特徴として捉えてあげればよい。
ひたむきに向き合っている人は、誰も気にしないのだろう。
コンプレックス。それは、周りの目以上に、自分自身が勝手に背負っていると感じている荷物なのだと思う。きっと役に立つ物が入っている。周りから見ると、頑張って重いものを運んでいる人に見える。ただ、それを苦役だと思ってはいけない。必ず役に立つ。
そんな風に思ってくれる人が、一人でも多く増えれば、もっと早く名前が言えるようになっていたかもしれない。
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