メディアグランプリ

ゆるい結婚指輪は直さないで


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:いづやん(スピードライティング・ゼミ)
 
 
「うーん、なんかちょっとだけ、ゆるいかも」
 
浅草の外れにあるジュエリーショップで、出来上がった結婚指輪をはめた僕の口から率直な感想が漏れ出た。
 
月桂樹の葉の意匠が手彫りで彫り込まれた指輪は、お互いが気に入って選んだものだった。仕上がりは素晴らしい。
 
金で出来ているので、手にとると見た目の小ささに反してずっしりとくる。生まれてこのかた指輪をしたことがないし、当たり前だが結婚指輪なんて初めてだ。
 
色んな意味で重いと思った。
 
そこにきて、なんだかほんの少しだけゆるいのだ。手を振ったら抜けて飛んでいきそう。
 
「まあ、そのうち太るから合うでしょ」
 
そう軽く妻となる人に言って、サイズ変更せずに受け取ることにした。
 
数ヶ月後、無事入籍した僕らはその日から二人で選んだ結婚指輪を着けて生活することになった。
 
妻の指輪は、彼女の指にぴったりのようだった。起きて生活する時も、お風呂も、寝る時も常に着けている。
 
「半月くらいで着けてても気にならなくなったよ」
 
そんなものなのか。
 
僕は、少し緩いこともあって最初こそ洗い物をする時だけ外していたのだが、二週間後くらいから、家を出る時に指輪を着け、帰ってくるとすぐ外すようになった。洗い物やお風呂、寝ている時などにするっと外れそうで怖かったのだ。
 
妻はそんな僕を怒るでもなく「しばらくしてやっぱりゆるかったらサイズ直しに行ったら?」と言ってくれ、さらに指輪を置くためのリングホルダーを買ってきてくれた。
 
ある時期、仕事の忙しい日が続いた帰り道。自転車に乗っていると、指の根元と第二関節の間を指輪がするすると移動する感覚に、思わず手元を見てしまった。
 
「え、指を伸ばしたらそのまま外れそう……!」
 
ハンドルを握る手を不用意に広げないように意識しながら家に帰り、指輪と指の間の隙間を見てみたら、明らかに朝と1サイズくらい違う隙間が出来ていた。
 
結婚して太るかと思ったら、仕事が忙しくて余計痩せるとか、誰が予想しただろう。幸せ太りは万人に等しく来るわけではなく、体質、体調、環境、その他諸々の幸運の末になるものだったのか。
 
「1年間は、無料でサイズ調整できますので」
 
ジュエリーショップのスタッフの女性は、そう言ってくれていた。やっぱり直しに行くべきなのか。かれこれ1年以上考えていたのだが、最近Twitterでこんなツイートを見かけた。
 
「先日、長年着けていた結婚指輪をなくしてしまいました。最近急激に痩せたせいだと思います。移動した経路を載せておきますので、お心当たりの方はお知らせください」
 
長年気にならなくなるくらい着けていても、突然なくなるものなのか。そう考えてから、ふと思った。
 
いつも身につけていて、指輪の存在を忘れているから、なくなってもしばらく気が付かなかったのだろう、と。
 
今の僕は、1年前に初めて結婚指輪を着けた時と同じく、未だに「慣れない」。
 
家を出る時に、顔を洗い、歯を磨き、服を着て、指輪をはめる。
 
帰ってきて、指輪を外して、うがい手洗いをして、お風呂に入る。
 
指輪をすると、指の上でぷらぷらとするので「している」という感覚が常にある。ああ、自分は結婚しているんだなと感じるし、妻の顔もよく目に浮かぶ。
 
会社でキーボードを叩く指の上でも動くので、仕事を早く終わらせて帰ろうという気になる。余計ないさかいや自転車での危険な運転も、指の上のぷらぷらする感覚が、お前には大事な存在がいるのだからやめときなさいと思い出させてくれる。
 
家事はすっかり妻ばかりがやってくれるようになっているが、少しでも手伝うと必ず「ありがとう」と言ってくれる。そんな、感謝の気持ちも指輪の重さが思い出させてくれるのだ。
 
きっと、この指輪がまったく馴染んでしまったら、妻がしてくれる色々なことにも慣れて感謝の気持ちが薄れてしまうのではないか。
 
そう思うと、今はサイズを直さずにいるのも僕らしくていいんじゃないか。いつも感謝の気持ちを妻にも、さらには周りの人にも持ち続けるために、少し緩めの指輪を着け続ける。
 
「ねえ、今日は指輪は?」
 
あっ、休みの日だから出かける準備の順番がいつもと違っていた!
 
平日は顔を洗ってからキッチンのカーテンを開け、その時にそばに置いた指輪を着けるのに、今日はカーテンを開けるは妻がしてしまったから、すっかり忘れていたのだ。
 
妻の顔を見たら指輪を思い出す、とはなっていないらしい。
 
 
 
 
***
 
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2020-02-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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