マキと私の「一喜一憂」の思い出
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:Yumiko(ライティング・ゼミ平日コース)
私は体があまり丈夫ではない。
病気はないけれど、風邪をよくひく。
2020年、すでに2回の風邪をひき、そのうち1回は声枯れで声がカスカスになった。
医者からは「風邪による喉の不調だから、すぐ治るよ」と言われたけれど、内心「これは怪しい!」と、かかりつけの耳鼻咽喉科へ急行。
やはり、声帯炎だった。
軽症とはいえ、2週間、声を出すことが出来ない。
声が仕事の私にとって、喉の異変は一大事なのである。
体調は揺らぎやすい。
大人になって長い時が経ち、ますます揺らぎやすくなった。
だから乾燥する冬の季節、特にライブ本番が近づくと、体調変化を察知するアンテナは、繊細にフル稼働する。
体温が下がると免疫力が落ちるので、キャミソールやタイツ、室内ではストールや薄手のマフラー。寒気を感知したら常備している使い捨てカイロをすかさず背中に貼る。
蜂蜜は、喉の炎症には効くけれど、声帯炎にはNG。その他、生姜、葛根湯、ドリンク剤など。蓄積してきた様々なノウハウを、状況に応じて出したり引っ込めたりするのだ。
対策の一つで、最近「お茶断ち」をした。
お茶類とコーヒーは喉を乾燥させるので、炎症時はNGなのだ。
出先のカフェにて。
「ジュースはありますか?」
「お子様用にはご用意があります」
(特別に出してくれないのかな)
(出せません)
短い沈黙。
「温かい豆乳はありますか?」
「スチームミルクを豆乳に変更ですね?」
少し面倒だが、こういう時チェーン店は便利だ。一度パターンが出来れば、次からは「スチーム豆乳」で済む。
こうして日々、新たなノウハウを積み、対策を繰り広げながら、
「喉の調子が良くなった!」
「また声が出ない、、」
と、一喜一憂するのである。
一喜一憂。
この言葉を使う時、思い出す友だちがいる。
学生時代から一緒に芝居をやっていた、「マキ」のことだ。
マキと私は同い年で、劇団で知り合った。色白で丸顔、小さくて華奢だった。
年上の人たちからは「君たちはよく似ていて、見分けがつかないなあ」なんて言われたこともある。
本番3ヶ月前から、週に5日の稽古。
一緒に筋トレして、声出しをして、食堂でご飯を食べ、芝居の稽古をした。
床が冷える冬の稽古場。ふと見たら、私のマフラーを勝手に自分の足に巻いて体育座りをしていた、マキ。ちょっとムッとしたが、結局、何も言えなかった。
大学1年の夏。マキはすでに4年生の先輩と付き合っていた。しかも、軽音部の部長とだ。私より先に大人の階段をあがる彼女に、恐れをなした時もあった。
そして、4年生の時に、マキは結婚して、双子を出産した。
その後、彼女は子育てをしながら福祉の仕事を。
私は会社員になった。
お互いに芝居は続けていたが、仕事と芝居の両立は厳しく、私はある時から芝居をやめてしまった。それ以来、芝居そのものから遠ざかり、マキとも会わなくなってしまった。
何年か経ったある日、ハガキが届いた。小さい字で紙面を埋め尽くし、入院したから会いに来てほしいと書いてあった。
久しぶりに会うマキは、あまり痩せているわけでもなく、ベッドの上で始終にこやかだった。
だけど、あれほど好きだった芝居が楽しめなくなったと嘆いていた。
「毎日、数値が上がった下がった、そのことだけに一喜一憂してるんだよ」
芝居や文学が好きだったマキ。
そんな彼女が、数値に囚われている。
病気が、彼女から芝居を楽しむ心を奪ってしまった。
このことが今でも心に引っかかっていて、時折り、思い出すのだ。
あの時、私は何と言ってよいのか分からず、黙り込んでしまった。慰めの言葉をかけたようにも思う。
いっそのこと、一緒に大泣きすればよかった。
笑って、泣いて、走り回って汗をかき、お腹から声を出し、時に怒りをぶちまけ、私たちは舞台でそうしてきた。
「一喜一憂してるんだよ」
あの頃の私たちのほっぺのように、丸々としていた彼女の感情が、小さく萎んでしまったようで、悲しかった。
やがてマキは、十分に考えた末、洗礼を受けた。
最後に旅行に行きたいと言うので、どうしたら点滴しながら旅行できるか等、相談した。
だけど旅行はダメになり、代わりに写真を撮ってきてほしいと頼まれた。
写真を撮って編集し、動画にした。
「明日、持っていこうか?」
しかし、返事はなかった。
人は感情の生き物と言われている。そのとおりだなと思う。
そして、感情は、花束のようだ。
花が開けば、色と匂いを放ち、自分自身も、周囲の人も笑顔にする。
花が、花びらを閉じることほど悲しいことはない。
水をあげることで、その花がまた開くのであれば、いいな。
私とマキが、かつて愛した芝居。芝居をやめた私は歌を歌うようになった。
どちらも生きる上で必要最小限なものではないかもしれないけれど、再び花を開かせる水のようであったらいいなと思う。
夢や希望を追いながら一喜一憂する自分がいるように、夢や希望を追いながら一喜一憂する人が、自分の近くにいる時がある。
大切な人の花びらが萎みそうになった時、ささやかだけれど自分ができることで、その花びらを開かせてあげられたなら、そんな風に寄り添えたらいいな。
マキとの思い出は、私をそんな気持ちにさせてくれる。
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