人生最後の1冊
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:高橋実帆子(ライティング・ゼミ日曜コース)
明日、世界が終わるかもしれない。
最後に1冊だけ本が読めるとしたら、どの本がいいだろう――
天井までびっしり本が並んだ図書館の閲覧室で、私はその日、「人生最後の1冊」を真剣に選んでいた。
幼いころ大好きだった絵本。
小学生のころ、家族が眠った後、布団の中に懐中電灯を持ち込んで、夢中で読んだ冒険小説。
甘酸っぱい恋の味を教えてくれた恋愛小説。
それとも――
そのとき、私のお腹の中で、何かがもぞもぞと動く気配がした。
明日どころか、5分後に世界が終わるかもしれないというのに、私はほほ笑んだ。不思議に心が落ち着いていた。
――お腹の中にいる君が、安心して眠れるような本を選ばないとね。
私はエプロンの上から、ふくらみが目立ってきたお腹をそっと撫でた。
「すみません。本を借りたいんですけど」
書架の向こうで、お客さんが呼んでいる。
「はい! ただいま」
私は急ぎ足でカウンターに戻った。
2011年3月。「あの地震」から1週間が経った日。
私は東北の、小さな町の図書館で働いていた。お腹の中には、夏に生まれてくる予定の子どもがいた。
夫は地震発生直後、救援活動のため津波の被害が大きかった地域へ向かったまま、連絡が取れなかった。
テレビは一日中、原発事故の映像を繰り返し流している。風向き次第で容易に放射性物質が飛んでくる地点に、私は住んでいた。あるいは目に見えないだけで、もう飛んできているのかもしれない。
避難することも考えたが、電車は止まり、高速道路は寸断されている。停電中、暖をとるために車のガソリンをほとんど使い切ってしまい、ガソリンスタンドは灯りが消えたまま、再開の目処すら立っていない。おまけに私は身重で、親戚は皆遠方にいる。
チェックメイト。
この町にとどまり、できる限り子どもを守り抜くほか、今の私にできることはない。
そんなとき、ようやくつながるようになった携帯電話に、見覚えのない番号から電話がかかってきた。
「もしもし? 高橋さん? 大丈夫?」
当時私が働いていた図書館の先輩からだった。近所に身寄りのない、身重の私を心配して、ずっと連絡を取ろうとしてくれていたらしい。手短に近況を報告し合った後、「棚から落ちた本が何とか片づいたから、図書館は明日から開けるけど、大変だろうから来なくていいよ」と先輩は言った。
「こんな状態なのに、図書館開けるんですか?」
私は驚いて聞き返した。しばしの沈黙の後、先輩は静かに言った。
「……こんな状態だから、開けるのよ」
はっとした。
人が本を必要とするのは、平和で安全なときだけではない。不安なとき、孤独なとき、場合によっては命の危険が迫っているときも、人は本を読む。太古の昔、まだ本が羊皮紙でできていた時代から、本の番人たちはときに命をかけて、図書館の蔵書を守ってきた。1冊の本は、先人たちの知恵が詰まった、人生をより善く生きるための地図なのだ。
「明日、私も出勤します」
気づいたら、口走っていた。
家にとじこもっていても、図書館にいても、危険の度合いに大した違いはない。もし、遠からず人生が終わるなら、見えない恐怖に怯えながら家で過ごすより、必要とする誰かに本を手渡すことに時間を使いたいと思った。
翌日、私は図書館に向かった。地震の後、棚から落下した本で足の踏み場もなかったという館内は、昨日までに出勤した先輩たちの手で、いつも通りに片づけられていた。開館と同時に、たくさんの人が図書館に入ってきた。本や新聞を手に取る人もいれば、電車の運行や宿泊先についての情報を求めている人もいた。夜、怖がって眠れない子どもに読み聞かせるのだと、紙芝居と絵本を借りていった親子もいた。
お客さんの列が一段落したところで、私は返却された本を書架に並べるためカウンターから立ち上がった。どこにどんな本が置かれているか、ほぼ知り尽くした書棚の間を、本を片づけながらゆっくりと歩く。
ものごころついたときから、ずっと図書館や書店が好きだった。静かにそこに佇み、誰かに読まれることを待っている本たちに囲まれていると、どんな場所にいるよりも心が落ち着いた。だからもし、人生最後の職場が図書館になるのだとしたら、それは自分らしいし、幸せなことだと思った。
当時の私は、図書館での仕事の終わりに、毎日1冊の本を借りて帰ることを楽しみにしていた。いつも、何気なく目についた本を選ぶのだが、今日は少し違う気持ちで書棚の前に立っていた。
――これが、人生最後の1冊になるかもしれない。
幼稚園児からお年寄りまで、たくさんの人に本をおすすめしてきた図書館員の私が、人生の最後に、自分にすすめる一冊を選ぶとしたら、いったいどの本だろう。
私は目を閉じた。これまでに読んだ無数の本たちが、走馬灯のように脳裏をよぎる。あれもこれも、どれも本当に大切で、大好きな本ばかりだ。こんなことになるなら、もう一度読み返しておけばよかった。もっと読みたい。まだ見ぬ新しい本に、私は出会いたい。それに、お腹の子ども。1冊でいい。絵本を読み聞かせてあげたかった。
つい感傷的になりかけ、私はあわてて目をぬぐった。まだ終わりと決まったわけじゃない。明日がどうなるかなんて、地震が起ころうが起こるまいが、誰にもわからない。私たちにできるのは、ただ今、この瞬間を全力で生きることだけだ。
海外の作家の本を集めた棚の前で、私は足を止めた。
メイ・サートン『海辺の家』(みすず書房)
この本を、私の最後の1冊にしよう。
メイ・サートンはアメリカの詩人で小説家。1995年に83歳で亡くなるまで、精力的に執筆活動を続けた。この本は、還暦を過ぎて、ひとり海辺の家に暮らす作家の日常と心の動きを、繊細な文章で記した日記だ。既に絶版になっており、書店では買い求めることができないので、図書館で繰り返し借り出し、心に残るフレーズをノートに書き出して愛読していた。たとえば、こんなふうに。
「孤独は長くつづいた愛のように、時とともに深まり、たとえ、私の創造する力が衰えたときでも、私を裏切ることはないだろう。なぜなら、孤独に向かって生きていくということは、終局に向かって生きていく一つの道なのだから」
孤独は敵ではない。「長くつづいた愛」のように、自分を支えてくれるものだという作家の言葉を、苦しいとき、道に迷いそうなとき、私はお守りのように繰り返し心の中で唱えてきた。生まれてくるときと、死ぬときは誰でもひとり。いつも心を鎮めてくれたこの本こそ、最後の1冊にふさわしい。
棚から抜き出した本を胸に抱えると、そこから温かさが広がっていくように感じた――
それから、間もなく9年。いくつかの偶然が重なって、私の人生はまだ続いている。
あの日、本気で「最後の1冊」を探してしまった私は、もう、最後の1冊を探す前の自分には戻れない。いつまでも続いていくように思われる平穏な日常は当たり前のものではないと、私たちは知ってしまった。人生は、次の曲がり角で何が起こるか分からないのだ。
それでも、だからこそ、時折自分に問いかけることは意味があるのかもしれない。限られた時間の中で、自分が本当に大切にしたいものを見きわめるために。
――もし、今日が人生最後の日で、1冊だけ好きな本が読めるとしたら。あなたは、どの本を選びますか?
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