メディアグランプリ

幸せのハガキ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:結城智里(ライティング・ゼミ 日曜コース)
 
 
腕時計をじっとみつめる。
秒針が10時ちょうどを指す。
受話器を取り上げダイヤルを急いで回す。
ゆっくり戻るダイヤルがもどかしい。
ツーツーツー
話し中。つながらない。
ガチャリ。
すぐに受話器を置いてまたダイヤルをまわす。
「ただ今大変電話がこみあっています」
やっぱりつながらない。
 
1980年代半ば。ライブチケットを手に入れるときには、情報誌などでライブの情報を知り、電話でチケットをとるのが一般的だった。情報誌として代表的だったものが「ぴあ」。現在はwebでのチケット販売サイトになっているが、そのころチケットは電話販売されていたのだ。
人気のアーティストのライブチケットは発売するとすぐに売り切れるのが常だった。発売日の発売スタート時間から30分もしないうちにチケットは売り切れる。ちなみに、このころは「ライブ」とよばず、「コンサート」という呼び方が一般的だった。人気アーティストのコンサート会場は、東京ドーム、西武球場、など大きな球場で、数万人規模で行われた。それでもチケットは瞬時と言っていいほどの短時間で売り切れる。
そのためチケットをゲットするためにはどうしたらよいか、というノウハウが口コミでささやかれていた。まだインターネットは存在しておらず、口コミによる情報に頼っていたのだ。過程ではまだまだダイヤル電話が多い時代、やはり、プッシュホンの方が有利だとか、ダイヤルし終わったら、受話器を置くフックを素早く連打する(何の根拠かわからないが)とか、公衆電話からかけるとつながりやすいなどという根拠のはっきりしない、ウソくさいものばかりだったが。
しかしチケットをとるために、みな必死だったのだ。
そのころ、我が家は残念ながら入手に不利なダイヤル電話だった。チケットを買うことができるように、プッシュホンに変えてほしいなどということを親に頼めるはずもなかった。
 
「この公演のチケットは完売しました」
やっとつながった電話、しかし結果は無情だった。
「まあ、むずかしいかな、と思っていたけれどやっぱりなあ」
私はため息をついた。
行きたかったコンサートはチェッカーズの西武球場のもの。当時人気絶頂だった。人気のアーティストやグループのライブチケットは、ファンクラブにでも入っていないと入手できないというのが常識だったので無理もない。
 
あきらめきれないけれど、仕方がない。
 
そんなある日、情報誌「ぴあ」をながめていた、私の目に「チェッカーズの西武球場コンサートのチケットお譲りします」という一文が飛び込んできた。読者の情報交換のコーナーだったと思う。そこにはよく、余ったコンサートのチケットを譲る、とか逆にチケットを譲ってほしいという読者からのおしらせが掲載されていた。
「ダメ元でだしてみよう!」
私は、チケットを譲るという人のもとに往復ハガキで申し込みをした。今はこうしたことがSNSやメールで簡単にやりとりできるが、このころは懸賞でも、応募でもハガキを使うのが当たりまえだった。そしてこのような個人間でのやり取りの場合、申込者が返信代を負担することになるので往復ハガキが利用されるのだった。
数日たって、返信ハガキが届いた。
「申し込まれた方が非常に多くて抽選をしました。はずれてしまいました、ごめんなさい」というような内容が書かれていたと思う。
 
「やっぱりなあ」
と落選にはがっかりした。だがそのハガキには、単に「はずれ」と書かれているだけではなく、丁寧に申し込み者が多かったことや、「ごめんなさいね」、という一言がそえられていた。そのことがなんだかうれしくて、胸の中がほっこりした。この人は大勢の人にハガキの返事を書いたのだなあ、それなのに一言添えてくれてうれしいな。だから「ありがとう」を伝えたくて、私はお礼のハガキを書くことにした。
 
「おねえちゃん、チェッカーズのコンサートいけるかもよ!」
数日後のある日、帰宅すると妹がうれしそうに告げる。
「ええっ! なになに? どうして?」
「ぴあでチケット譲ります、といってた人から連絡があってね」
ハガキでお礼を送った女性から連絡があったのだという。彼女のもとには多数のチケットを譲ってほしいというハガキが届いたが、同時にチケットを持て余している人からも連絡があったのだという。チケットを譲ってほしい人を紹介してもらいたいというハガキだ。彼女はそのチケットを持て余して譲ってくれる人を、私に紹介してくれるのだという。
「なんかね、お礼のハガキをくれたのはお姉ちゃん一人だったんだって。だからこの問い合わせがあったとき、このハガキの人を紹介しようと思ったんだって」
 
「すごい‼」
チケットが手に入ったのはうれしかった。コンサートに行ける!
でもそれ以上にうれしかったのは、彼女のハガキから感じたことに対して嬉しいと思った気持ちを表すために送ったハガキに応えてくれたことだった。彼女が思いをすくいとってくれたことだった。そのとき私は、人がかけてくれた思いに対して、下心もなく感謝の気持ちを表すことの大切さを知った。それはチケットより素晴らしい贈り物だったかもしれない。1枚のハガキが私に小さな幸せをくれたのだ。
 
 
 
 
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2020-03-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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