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ピロリ菌始末記


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記事:平本 智佳(ライティング・ゼミ特講コース)
 
 
「じゃ、2番目のお薬入れていきますから」
と魔太郎先生の声が聞こえて「はい」と返事をしたところまでは覚えているが、その後の記憶がない。
次に覚えているのは、看護師さんに「終わりましたよ。ゆっくり起き上がってくださいね」と肩をたたかれた時だ。
 
これまでの半世紀、自慢じゃないが人間ドックを受けたことがない。
まったくこれは自慢にならない。職場で実施される簡単な健康診断は毎年受けているが、人間ドックといえばつきものの胃カメラにどうしても抵抗感が強く、ずっと回避してきた。
ずっと以前に神経性胃炎で胃カメラの予約をした時も、当日の朝になってやっぱり怖くなり「風邪をひいて行けません」とドタキャンしてしまった。
 
胃カメラを一度も体験したことはないのに、胃カメラがいかに苦しいものかという情報だけは耳年増になっている。
ケース1
「苦しかったら手をあげて知らせてください」っていわれて、手をあげたけど「あと少しだから我慢してくださいね」っていわれただけだった(歯医者さんでもこのパターンはよくある)
ケース2
「鼻からなら痛くないですよ」っていうからOKしたのに、いざ入れてみたらうまく入らなくて、右と左、両方の鼻の穴にぐいぐい管入れられた挙句「あなたは鼻が細くて入らないから、口からにしますね」っていわれて、心の準備もないまま結局口からになった。超苦しかった。
ケース3
胃カメラの担当が新人で、横に指導医がついていたけど今日が初めてなのか?! という下手さで力まかせにぐいぐい突っ込んできて、のどが破けるかと思った。
などなど。
 
だから、たとえ胃ガンになっても自己責任ということで一生胃カメラは拒否しようと思っていたのだ。なのに。
区から“胃のピロリ菌の有無を検査します”というお知らせと検診無料券が送られてきたのだ。血液検査を受けるだけということで、軽い気持ちで検査を受けた。そうしたら、「ピロリ菌がいる数値なので、胃カメラで確認してから投薬で除去してください」という結果が出てしまったのだ。
いるっていう数値なら、だまって薬飲むから! と思ったが、すでにガン化していないかを確認する必要があるという。
ああ、バカバカ自分。なんでピロリ菌検査なんか受けちゃったんだ。私はピロリ菌よりも胃カメラの方が怖いのである。
検診結果を聞きにいった病院の先生に「胃カメラは怖いので受けたくないんです」と訴えたところ、「受ける必要はあります。ただ、どうしてもというならば、鎮痛剤をかけて眠ったような状態で受けられるところを紹介します。ただ、鎮痛剤はリスクもあるので、その病院で鎮痛剤の必要があると認められないと使えないんですけどね」といわれた。
それだ。鎮痛剤だ。ただ「認められ」なかったら、ぐいぐいシステムの胃カメラになってしまうのか。
 
紹介状をもらって行った総合病院の消化器科で、私は自分がこれまでどれだけ胃カメラを怖がってきたか、えづいて「うえっ」となることがどれだけイやか、について熱弁をふるった。どうやっても先生に「この患者は鎮痛剤を使う必要がある」と認めてもらわなくっちゃと思ったからである。
先生は、藤子不二雄Ⓐのマンガ「魔太郎がくる!!」の魔太郎にそっくりなビジュアルだった。マンガの魔太郎は「この恨み晴らさでおくべきか」とじっとりとつぶやいて復讐に走るのだが、こちらの魔太郎はひとしきり私の訴えを聞いたあと、
「うーん、あなたみたいな神経質な患者さんはいやだなあ」とゆっくりのんびりとつぶやいた。
ものすごく肩に力が入っていた私は、その声に「へ?」となった。
「あのね、神経質で疑い深い人は鎮痛剤が効かないことが多いんだよね」
いや、ここで魔太郎に見捨てられるわけにはいかない。と私は「いえ、効かせます。お願いします」と嘆願に入った。
「ま、薬の量を調整してやってみましょうかね」魔太郎はひょうひょうとしている。そののんびりした口調に私もだんだん緩んできた。帰りがけに病院の看板を見たら、魔太郎先生は消化器科の部長だった。ベテランなんだから、と信じるしかない。
 
胃カメラ検査の当日、魔太郎先生にすべてを任せる気になってはいても、やっぱり顔を引きつらせて検査台に横になった私に
「おや、緊張していますね?」とまたのんびりした声で話しかけてくる。
「はい、何しろ初体験なので」と答える。“まな板の上の鯉”とはまさにこういう状態だ。
口を開けたままにするためのマウスピースをくわえさせられると緊張感もピークとなった。
しかしそのあと、「2番目のお薬入れますね」を聞いた後、私はすんなりと眠りに落ちたらしい。
胃カメラが入ったのも抜かれたのも記憶にない。のどに違和感も残っていない。本当に胃カメラ飲んだのかな? と思うくらいだった。すごいぜ、魔太郎!!
鎮痛剤の効き目が切れるまで休んだ後、検査結果を聞きにいくとモニターに自分の食道や胃が映し出されていたので、やっと本当に胃カメラやったんだ。という実感が持てた。
ピロリ菌を退治するには1週間薬を飲むだけだ。やれやれもうこれで、一生胃カメラとはおさらばだ!
しかし、魔太郎先生はにやりと笑い、「ピロリ菌除去やったあと、1年後の胃を見たいから来年の予約入れておきましたよ」と明るくのんびりと私に告げた。
 
 
 
 
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2020-03-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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