通勤時間は私の「遊び」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:柴沼由美子(ライティング・ゼミ平日コース)
「行ってきます」
と家を出て車に乗り込むのが7時半。
「おはようございます」
と職場に着くのが8時45分
私の一日の通勤時間は2時間を超える。都心ではさほど長くはない通勤時間だが、職住近接が大多数を占める職場では長い通勤時間だ。
「遠くて大変だね」
と、よく言われる。ましてや兼業主婦ともなれば、だ。
確かに朝早く起き、家を出るギリギリまで家事に追われる。
帰宅後もゆっくりする時間もなく夕食の準備にとりかかる。
今の自宅に引っ越すまでは、家を出るのは8時10分。
結婚前に実家から通っていた頃は8時40分。
引っ越すたびに通勤時間は延びていった。
でもなぜか、今が一番心地いい。
朝、車に乗り込みエンジンをかける。
朝はラジオを聴くことが多い。交通情報を聴くためだ。
地元のコミュニティ放送にチューニングを合わせ、ローカルな話題を楽しむ。
時にはコンビニに寄って、暖かいカフェオレを飲みながら運転する。
帰りは仕事が終わった解放感を味わいながら好きな音楽を聴く。
途中でスーパーに寄り、夕食の買い物をする。
気分転換にいつもと違う道を通ったりもする。
家に着いてからの忙しさはいったん置いておく。
通勤路のほとんどが田舎道、四季により時刻により姿を変える風景が楽しい。
最近、コロナウィルスのせいもあってテレワークが推奨されている。
テレワークで済む職種は全部テレワークにしてしまってはどうか、というコメントをネットで見たとき、
「それはいやだな」
と感じた。
テレワークにできれば、一日2時間自由に使える時間が増える。2時間長く睡眠をとることもできれば、2時間家事に充てることもできる。
楽器を弾いたりヨガをしたり、趣味を楽しむ時間としてもいい。通勤時間はそれなりに楽しみもあるものの、制限が多く選択肢は少なく不自由な時間だ。だいたい運転しているのだから、本も読めない、身体も動かせない、手を使うこともできない、集中して何かを楽しむことなど不可能だ。注意は常に交通状況に向けている。
その通勤時間がそっくりなくなるなら御の字ではないか。それなのになぜ、テレワークがいやだと思うのか。
「なんで、テレワークがいやなんだろうね」
運転しながら自分に問いかけてみた。
「だって、通勤なくなると一日頭が走りっぱなしだよ」
自分から返ってきた答えはそれだった。
「車で走っている間は頭がちょっと休めるんだよ」
テレワークがいやなのではない、通勤時間がなくなるのがいやなのだ。通勤という義務と不自由の中に、わずかに持ち込める趣味と自由、オンでもない、オフでもない曖昧な時間を過ごすことで自分をリセットしていたのだと思う。それはちょうど全自動の洗濯機に放り込まれた洗濯物のように、家庭や仕事でついてしまった汚れを落として乾かし、新たなステージに挑む準備の時間だったのだ。通勤の間は全力で何かをしなくていい、できないのだから。そして通勤はしなくてはならない。その義務があるからこそ、全力投球してはならない時間を確保できるのだ。
機械のつなぎ目にわざと入れた隙間や歪みを「遊び」と呼ぶ。機械には必ず遊びがあるという。遊びがないと動かなくなったり、動かすのに苦労するということが起こるという。
一見無駄にも見え、または失敗とも取られかねない「遊び」は、機械が動かないというもっと大きな無駄を引き起こすのを防ぐのに役立っているということだろう。
長めの通勤時間は私にとって、自分を使い過ぎないための「遊び」のようなものだったのだ。人間は機械ではないとよく言われるが、なかなかどうして機械は結構人間らしい。遊びがないと疲れ果ててしまうのだろう。
そういえば、車のハンドルにも遊びがあるのだった。
普段から「もっともっと」と自分を追い込む癖がある私は、自分から「遊び」を作ることができない。無駄と思えるものをどんどん省いていって結局辛くなって途中で投げ出したり、ある日突然動けなくなって寝込んでしまうことがよくある。好きでやっている趣味でさえ、熱中しすぎて「遊び」がなくなる。だからこそ強制的に「遊び」を作る通勤時間が必要なのだと感じた。通勤時間が長い今が一番心地いいのは、私にとってちょうどいい「遊び」になっているからだろう。「遊び」は多すぎても少なすぎてもだめらしい。
今日は日曜日、明日からまた仕事だ。ゆっくり仕事モードにシフトするために、通勤時間を60%くらいの力で楽しもうと思う。決して全力は出さない。「遊び」は生活の中に空気のように当たり前にあるのがいい。遊びをなくさないように、それだけに気をつけていればいい。
私の通勤時間は大切な「無駄」大切な「遊び」だ。
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