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涙のバタフライ

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:結城智里(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「はい、それでは25メートルバタフライ」
担任のF先生の声が教室にひびく。
中学3年生の夏のことだ。
私の通っている中学校では、夏休み前に「水泳大会」が開催された。
細かい部分はわすれてしまったが、男女別で自由形、平泳ぎ、背泳、バタフライ、リレーなどがあって、ほぼ全員参加だったと思う。そのころは、小さいときからお稽古事としてスイミングクラブに通う人はあまりいなかった。だから授業でプールに入るのは楽しいけれど、水泳はそんなにできないし、25メートルも泳げない、という人も多かったように思う。私もその中の一人だった。平泳ぎしかできなくて、それも25メートルも泳げない。しかしこの水泳大会は全員が参加しなければならないのである。水泳部の人や、水泳が得意な人たちは積極的に手を上げて、どんどんエントリーしていく。自信満々(私にはそう見えた)な彼ら彼女らは、自由形やリレーを選ぶ。
 
「どうしよう」
 
わたしは悶々とした。
平泳ぎだって25メートルも泳げないのに……
どんどん、種目が埋まってゆく。自由形、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライ。私が何とかエントリーできそうな25メートル平泳ぎは早々と候補者がきまった。
「どうしよう(涙)」
背泳ぎとバタフライしか残っていない。
どちらもできない。絶望的だ・
 
その時ひらめいた!
「バタフライなんて泳げる人いないに決まってる。私一人だったら、競技が成立しないかもしれない。」
まさに下心だ。
「きっとひとりだったら、泳がなくてすむ」
「ひとりじゃかわいそうだと思って中止になるよね」
15歳の私はそう確信した。
 
F先生が私に向かって問いかける。
「どうする、S、バタフライに参加するか? 」
参加するか?と問いかける口調ではあるが、言外に「参加するね」といっている。
私は
「どうせ中止だもん」と自分に言い聞かせ、
「はい、バタフライにでます」
と小さな声で答えた。
 
それから数週間後、水泳大会の日がやってきた。
水泳大会なのに、今にも雨が降り出しそうな曇天である。
「いっそ雨が降って中止になればいいのに」
私は祈るような気持ちで空を見上げた。雨天なら中止で、なんの問題もない。
大会まで数週間あったが、結局バタフライの練習は、ほんの真似事しかしていなかった。
とても、泳ぐ、という水準には達していなかった。
 
仲のいい友達と学校へ向かうが気分はさえない。
「バタフライ、ひとりだったらでなくてすむよね」
友達は私がバタフライなんてできないのを知っている。
「そうおもうよ、大丈夫だよ」
そうだよね、そうだよねと思いながら、校門をくぐった。
 
今にも雨が降りそうな曇天のもと、水泳大会が始まった。
プログラムに「バタフライ」の文字はある。
「ああ。本番はありませんように」
 
雨がぱらついてきた。
「中止、中止! 」心の中で叫ぶが、
プログラムは順調に進んでいく
もうすぐバタフライ。
 
ああ、どうなるんだろう。
「雨がふってきたので、急いで進めます。
中止にはなりそうもない。
 
「次は女子バタフライ」
 
やっぱりエントリーしているのは私一人だ。
進行をしているのは担任のF先生。
 
「女子バタフライは参加者はSさん一人です。」
プールのまわりの生徒たちは
「ふーん」
どうなるのかなといった顔で先生の顔をみる。
「そこで」、とF先生、
「先生がSさんと一緒に泳ぎます」
!!
なんてこと!
考えが甘かった!
私は泣きそうになった。
しかし先生はにこにこしながら準備体操をしている。
先生は理科の先生だけれどスポーツ万能。
「万事休す」
この言葉はこのときの私の気持ちそのものだ。
 
私は飛込んだ。両腕をバンザイのように広げ、水面に落とし水をかく。
ドルフィンキックなどできない
なんちゃってバタフライである。
ちっとも前に進まない。
2、3かきぐらいがやっとで、立ち上がってしまう。
歩く。歩く距離のほうが明らかに長い。
またなんちゃってバタフライ。
歩く。ゴールはまだまだだ。
 
先生は泳ぎながらときどき立ち止まり私を待っている。
「ほら、がんばれ!」
プールサイドのみんなが声援を送っている、ようなのだが、
私はそれを受け止めるどころの話ではない。
泣きながら、その涙でぬれた顔をプールの水で洗うように進んだ。
やっと、ゴール。25メートルがこんなに遠いとは。そしてほとんど歩いて終わった。
 
「やー、よくやったね」
F先生がにこにこしながら私の肩をたたいた。
友達にも
「えらいねー! 」
とか
「がんばったねー」
温かい言葉をかけられた。
 
しかしわたしはぐったりした。
充実した気分だった、といえればかっこいいのだろうがが、疲れ果てていた。
 
先生は私の下心をわかっていたのかなあ。
そんな甘いものではないんだぞ、と教えるつもりだったのかもしれないな。
約束はまもらなければいけないということかな。
学校から帰る道々ぼんやりと考えていた
 
このとき15歳の私は学んだ。
「下心に支配されると物事はうまくいかない
そして」
「下心は見抜かれるものだ」
ということを。
その後これまでの人生の中で、このことを実感する出来事が幾度かあったが、
水泳大会の出来事を思い出して妙に納得したものだ。あの水泳大会の結果は散々だったけれど、とても大事なことを教えてくれた。
 
 
 
 
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2020-03-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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