失敗マン
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記事:郡山秀太(ライティング・ゼミ 日曜コース)
「マジあいつ、失敗マンっすよ」
僕は看板屋だ。その日は月1回ある本社での会議に参加していた。
会議が終わり、帰りの駅へ僕らを送るのは新人の仕事。
車で移動途中、本社所属の新入社員が不満げにクチをひらいたのだ。
それは直属の上司に対して。
グチの相手は20年も業界にいるベテランだ。
僕なんかよりずっといろんなことを知っているし、仕事ができる人だ。
もちろんこの新人の子よりできるだろう。
話を聞くと、めちゃくちゃミスる。
確かに社内では、やらかしたという噂を何度も耳にした。
新人の子の目の前でも盛大にやってしまっているらしい。
でも、それってさ。
めちゃくちゃ仕事をこなしてるからじゃないの?
仕事量が増えるとミスする量も増える。
めちゃくちゃ仕事をこなせる、というスキルは目立たず、ミスだけが浮かび上がる。
人の目ってそういうものなんだろうけどさ。
愚痴を言う新人の子が同じ量の仕事をこなそうとすれば、たちまち、その上司以上にミスする。きっと、めちゃくちゃ。
そしたら君が失敗マン。
でも、ベテラン上司は、やさしいひとなのだ。
新人の子につらい思いをさせたくないのか、彼に課す仕事を制限しているのではないのだろうか。
だけど、思う。
もっと任せてあげたらいいのに。
失敗マンにしちゃえばいいのにって。
僕は、そんなことを考えながら、同時に新人の頃を思い出していた。
福岡の営業所所属で1年目だった僕は、もちろん、失敗マン。
失敗ばかり。社用車で事故る。職人には怒られる。
1年目の終盤、新築ショッピングセンターの工事を会社が受注した。
そのため、僕は四国・愛媛に出張することになった。
現場はゼネコン(工事全体を取りまとめる建設会社のこと)が主体になり完成に向け、着々と工事を進めている。
初日は、ひどく緊張していたのを覚えている。
うまくできるだろうか、納期に間に合うだろうか。
そんな不安の真っ只中、なんと、僕の上司は、初日のあいさつだけして、すぐ福岡へ帰ってしまった。
入社1年目のド新人ひとり、現場を任され、不安とストレスで胃がキリキリする毎日。
新人としては、手取り足取り現場のことを教えてほしかった。
ほとんど知識もないのに現場を任され、失敗に失敗を重ね、上司を恨む毎日。
なんてテキトーなひとなんだ、と憤慨していた。
しかし、納期は待ってくれない。
しかたないので、わからないことは人に聞く。
「そんなこともわからないで現場にいるのか」と愚痴られ、恥をかきながら、工事をすすめた。
必死な気持ちが伝わったのか、時間が無い中、職人も頑張ってくれていた。
現場も終わりに差し掛かっていた頃。
僕も注意していればよかった。
工事に使っていた軽トラックを移動させようと、職人がバックさせた。
バックするその先には、ゼネコンが設置したフェンス。
職人も疲れていたのだろう。
不幸にも、フェンスへ勢いよく激突してしまった。
交換しなければならないレベルに折れ曲がるフェンス。
「やっちまった……」
責任者だった僕は、謝罪するべく、すぐさま担当者へ電話した。
ゼネコンのフェンス担当者は、駐車場や植栽を作る男性の責任者だ。
他の担当者よりも若く、可愛い顔のベビーフェイス。
しかし、その若さで現場を任されているのが納得できるほど、厳しく、おっかない人だった。
きつい納期を納める気満々の彼は、毎日吠えていた。
その厳しさのおかげか、恐るべき速さでモノができていく。
まさか、ベビーフェイス管轄のフェンスを破損させるなんて……。
僕は青ざめた顔で電話していたに違いない。
「はぁぁぁぁ? ちょっと待っとけ!」
ベビーフェイスが事故現場に現れる。
「あぁぁぁぁぁん?!」
吠えられる。
「これで納期間に合わなかったら全責任取ってもらうからな!」
「お前の会社を潰すぞ!」
響き渡る怒号。
「お前じゃ話にならん! 上司呼べ!」
そう怒鳴ると、ベビーフェイスは持ち場へ帰っていった。
こんなに怒られたのは、いま考えてもこの時が一番だ。
福岡の事務所から、愛媛の現場。
新人ひとりをこんな大きい現場へ置いていったテキトーな上司を思い浮かべる。
果たして、上司は来てくれるだろうか。
ダメ元で連絡する。
「おお、わかった」
二つ返事だった。
事故を起こしたのは夕方。
それから3時間後だから外は真っ暗だ。
上司は、部下の失態の尻拭いをするべく、福岡から愛媛まで駆けつけてくれた。
「おお。誰に謝ればいいんや」
頼もしすぎた。
ベビーフェイスが待つゼネコンの事務所へ向かう。
現場から少し離れた敷地にそれはあった。
事務所に通じる道にはジャリが敷き詰められている。
その道を上司とザクザク歩く。
毎日通っていて聞き慣れているジャリの音がいつもより大きく感じた。
事務所の窓からは、明かりがもれている。
「失礼します」と、事務所の引き戸を開けた。
帰り際だった受付のお姉さんが笑顔で対応してくれる。
その奥で、ベビーフェイスが腕組みをし、大股を開いて待っていた。
文句の応酬。
こちらは平謝り。
上司が僕の代わりに頭を下げる。
ずっと謝る。
「ごもっともです」
「はい。責任は取らせていただきます」
「申しわけありません」
その繰り替えしだった。
1時間くらい立ったまま。
たまの悪事が生徒指導の体育教師に見つかり、みっちり説教されるような。
「覚悟しとけよ!」
そういってベビーフェイスは僕らを追い払った。
事務所を後にした上司はあっけらかんとしていた。
「ま、現場なんてこんなもんよ。なんか飯でも食うか」
正直ぽかんとした。
内心怒られるんじゃないかとビクビクしていたのに。
上司は1泊して、福岡へ帰っていった。
説教されても微動だにしない、ドシンとかまえた上司が神々しく頼もしく思えた。
ベビーフェイスは覚悟しとけといったが、それは脅しだったようだ。その後、特に音沙汰はなかった。
そして、僕は、ようやくその現場を納めることができた。
この愛媛の現場は、以後、僕が工事を仕切るときの自信になった。
わからないことは恥をかいてもいいから、しっかり聞く。
トラブルがつきもの。いちいちへこんでいられない。
現場は、案外、なんとかなる。
これは、多分、現場でひとり悩みながら、トラブルと戦い、得られたものだ。
きっと、上司はその会得物を知っていた。
手取り足とり、大事に大事に育てるのもいいかもしれない。
ただ、現場とは、きびしい場所。
荒療治が時には必要なのだ。
新人は現場をこなし、成長する。
上司はここぞというときに尻拭いをする。
僕にとっては、それが理想の上司と部下の関係だ。
尻拭いをしてくれる上司を尊敬せざるおえない。
ベテラン上司のいる本社所属の新入社員に、わざわざクチ出しはできないが、まずは、自分が失敗マンになってほしいと思う。
胸を張って、どんどん失敗してほしい。
そんな健気な姿をみて、ベテラン上司はきっと、君の尻拭いを、買って出てくれるさ。
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