山に登る本当の理由は、そこに山があるからではない。凡人だから登るのだ。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:大森瑞希(ライティングゼミ・平日コース)
「やっと着いた」
私は泣いていた。周囲に気づかれるのが恥ずかしいので、せき込むふりをする。
八ヶ岳連峰最高峰の赤岳の頂。標高2899m。
3日間、13㎏のザックを背負い、足が棒になるまで歩き続けた。
私はこの景色が見たかったんだ。
足元には一面の雲海が広がり、太陽がすぐ近くで光っている。
風はキンと冷たく、強くふくと耳や指が切れそうになる。
まさに天空の世界だ。こんな世界が見られるのなら、いっそ死んだっていい。
生まれて初めて、自分のことを抱きしめてあげたい気持ちになった。
「よく頑張ったじゃん、私」
全身に瑞々しい空気を行きわたらせたくて、私は深く深呼吸した。
達成感とは程遠い人生だった。
定期テストや受験に部活。ここぞというときにいつも失敗してきた。
自分では頑張ってきたつもりなのに、最後にヘマをする。
平凡で、ドンくさい自分が嫌いだった。
世の中には、天才と呼ばれる人たちがいる。IQ130の奇才。天使の歌声を持つ歌手。並外れた身体能力を持つスポーツ選手。絶世の美女。
彼らはすでに神様から素晴らしいギフトを与えられている。
その上で人の何倍も努力し、成功していく。
2004年のアテネ五輪、北島康介選手は泳ぎ切った後に「チョー気持ちいい!!」と叫んだ。
羨ましいと思った。
凡人且つ、北島選手ほど努力してない私が思うには、大変おこがましいし、馬鹿げているのは十分わかっている。
でも思わずにはいられないのだ。
生きているうちに、一度でも大きなことを成し遂げて、心の底から達成感を感じることが、私なんかにあるのだろうか。
気持ちよくなることなんか、あるのだろうか。
大学受験に失敗し、一浪の末、第二志望の大学に進学することが決まった私は、自分自身に嫌気がさしていた。
一年間、人より多く勉強しても、本命に合格できない自分。
私には神様から、一ミリのギフトもないのか。それとも努力が足りないのか。
これで足りないなら、あと何年浪人したらいい。2年か、5年か、10年か?
入学式、キラキラした同期を横目に、新歓ムードのキャンパスを一人で歩いた。
目の前に壁が立ちはだかった。
「ねねね、登山興味ない?」
壁かと思ったら人だった。ハイキングクラブと書かれたプラカードを持った男性は「話だけでも」と、近くのブースに案内しようとする。
「私、登山とかしたことないので」
「うちのサークルは初心者ばっかりだよ。でもトレーニングすれば、ちゃんと登れるようになる。夏は八ヶ岳とかアルプスに行くよ」
八ヶ岳やアルプス?嘘だと思った。
目の前の男性は色白でひょろっと背が高い。ブースに座っている女性も痩せてて大人しそうで、文化部にいそうなタイプだ。登山をする人はもっと筋骨隆々で、登る体をしているのかと思った。こんな人たちが本当に3000m級の山を登るのだろうか。失礼ながら想像できない。
「私、運動神経とかないんですけど」
「そんなのなくていいんだよ。登山は歩くだけだから。足があって、ちゃんと歩く訓練さえすれば誰でもできる。特別なものなんかなくていい。頂上に着くと、すごい感動するんだー」
特別なものなんかなくていい。
その言葉にどきんとした。
本当だろうか。なんのギフトも持たない私でも、3000mの山の頂に立つことができるんだろうか。
感動を、達成感を、味わうことができたら、自分の人生が少し変わるような気がする。
気づくと、ブースにすい寄せられて、入部の手続きを済ませていた。
それからは、普段の生活でもなるべく歩くよう心掛けた。
そして合宿が近づくと、重い荷物を背負って階段を上り下りした。
体力がつくように、足腰が鍛えられるように、八ヶ岳に登れるように。
しかし、努力の日々を打ち砕くかのように、赤岳は想像以上に強敵だった。
一日目が終了した時点で足腰は粉砕寸前。あと二日間、持ちこたえられる自信はなかったが、パーティの中で一番下っ端な私は、周りに迷惑をかけたくなかった。
先輩に発破をかけられながら、歯を食いしばって登る。
苦労の末にたどり着いた天空の世界は、神の祝福を受けているかのようだった。
ひとしきり、せき込むふりをした後、先輩が「どうだった?」と声をかけてくる。
「登ってるときは、いつになったら着くんだろうってずっと思ってました。長かったです」
「歩幅がどんなに小さくても、歩いていれば必ず着くんだ。やろうと思えば、ひよこだって登頂できる。何年かかるかわからないけど」
私が目指していたのは、これだと思った。
世の中には、努力しても、思うように実らないこともたくさんある。
しかし登山は、どんなに小さな一歩でも、積み重ねると必ずゴールにたどり着く。
勝ち負けがないから、無事に帰ってこれさえすれば、3日かかろうが10日かかろうが構わない。
足が遅くても、反射神経が悪くても、リズム感がなくてもいい。
神様からのギフトがなくても、努力と鍛錬次第で、体が爆発するくらいの達成感を味わうことができる。
チョー気持ちいい!!
山のとりこになった私は、社会人になった今でも登る。
先日、宝満山の麓の小屋で登山家Yさんに会った。Yさんは13歳から登山を始め、日本百名山はもちろんのこと、海外の山にもアタック経験がある実力登山家だ。63歳の今も現役で登っている。
「すごいですね」
「いやぁ、そんなことないよ」
「私、登山が大好きなんですけど、登るのが遅くって」
「ゆっくりでいいんですよ」
登山家は、謙虚で穏やかな人が多い。
自然に対する人間の無力さを知っているからだ。
自然相手には、仮にどんなに自分が天才だったとしても無意味だ。
登山は神様からのギフトを必要としない、唯一のスポーツなのかもしれない。
平凡な自分が嫌い、自分には何の力もないと思う人がいたら、
騙されたと思って、登山に挑戦してみるのはいかがだろうか。
自分の歩いてきた軌跡を思えば、
登る前より確かに、自分のことが好きになれるに違いない。
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