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「恥」という薬でちょっぴり脱皮できた大人のハナシ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ひろり(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「はーい。ナースセンターです。どうしましたー?」
 
「すいません…… 痛くて眠れないので何とかしてください……」
 
「はーい、分かりました。すぐ行きますねー」
 
……当時の僕にとっては屈辱のナースコールだった。
でも、それが後の僕にとって「脱皮」を促す呼び鈴にもなった。
 
今から十五年ほど前、学生時代にやった右足首の骨折の痕が急に痛みだした。
病院で検査すると、どうやら骨折した時にできた骨の欠片が急に神経を圧迫しだしたとの事。
 
今後運動する時等に影響を及ぼす可能性が有るという話を聞いて心配になったので迷わず骨片の除去を選んだ。しかし、そのためには手術と1ヶ月の入院が必要であるという事だった。
 
「たかだか足首の骨片除去ごときに1ヶ月も入院するなんて大げさだなぁ」
……と入院前の僕は高をくくっていた。
ちゃちゃっと手術して2~3日程度で退院できるものと簡単に考えていた。
 
それに、手術で痛がるなんて男らしくない! いい大人が「痛い」なんて言ったら恥ずかしい! どんな痛みでも我慢するものだろう、と意味のない意地を張っていた。
 
入院の手続きを滞りなく済ませ、翌日に僕の右足首の遊離骨片手術は行われた。
足首だけとは言え、手術自体は全身麻酔で行われたので僕としてはほんの一瞬で終わったような感じだった。
 
しかし、問題はその後だった。
 
外科手術であったので、当然患部にメスが入っていいる。手術が終わって縫合もしているが、麻酔が切れた辺りからジクジクと痛みが出てきてしまい、とうとうピークには自分の心臓の鼓動に合わせてジクジク・ズキズキとした痛みが波のように押し寄せてきた。
 
これだけでも相当な痛みなのだが、更に自分を苦しめたのは、導尿カテーテルだった。
手術で身動きが取れない人のために、オシッコが勝手に排出されるように、尿管に管を入れられていたのだ。これが地味に痛かった。
 
手術直後の患部の強い痛みと導尿カテーテルの地味な痛み。この2つの痛みのツープラトンにやられ、僕が手術前まで持っていたプライドは、ヘリウム満タンの風船の如く空の彼方に飛んでいってしまった。
 
結局、痛みに耐えられなくなってしまった僕は、泣きのナースコールで助けを求めたのだ。
 
僕に対応してくれたのは、当時おそらく20代後半だったであろうか、
目元涼しく長い黒髪がよく似合うクールビューティーな看護師さんだった。
 
「はーい、大丈夫ですかー?」
 
クールビューティーは素っ気なく聞いてきた。
 
「すいません。手術跡が痛くて眠れないんです……なんとかなりませんか?」
 
僕は申し訳ない気持ちいっぱいで訴えた。
 
「痛いんですね。分かりました。んじゃ座薬打ちますねー」
 
え、注射とかじゃなくて座薬っすか。若干狼狽える僕。
 
そんな僕の事を全く気にせずにテキパキとした動きで座薬を打つ準備を整えるクールビューティー。
 
ものの十数秒で座薬の準備は完了。そして、淡々とした「はい、入れますねー」の声の後、
手術跡で身動きできない僕のズボンとパンツはサッと下げられ、座薬がブスッと僕のお尻に入れられた……
 
「おぅっ!」と変な声を出してしまう僕。
 
「はい終りー」僕の声に全く反応せずに淡々と作業を終わらせるクールビューティー。
呆然とする僕には目もくれず、さっさとナースステーションへ引き上げてしまった。
 
手術直後で仕方がないとは言え、妙齢の女性に下半身丸出しにされた挙げ句、座薬まで入れられてしまい、僕は「顔から火が出る」を通り越して恥ずかしさの頂点に達していた。こんな事産まれて初めてだった。穴を掘れたらきっと地球の裏側まで貫通させる事が出来ただろう。
 
今でも思い出すとなかなかハズカシ体験であり、直後は流石に「こんな辱めを受けるとは思わなかった……!」と苦悩したのだが、不思議なことに数日経ったらこう考え始めていた。
 
「これだけ恥ずかしい思いをしたんだから、もう今後これ以上恥ずかしいって思うことはないんじゃないか?」と。
 
イチ大人として、一番見られたくない所を見られた訳であり、もうこれ以上見られて恥ずかしい事は無くなったと良い意味で開き直ってしまった。
 
でも、開き直った途端、入院前に思っていた「いい大人は痛みなんて我慢!」とか「変な所見られた! 恥ずかしい!」と意地を張っていた事がなんだか馬鹿らしくなり、随分と気持ちが軽くなった。ふっきれた事により初対面の人と恥ずかしがらずに会話することができるようになり、他の入院患者さんとも仲良くできるようになった。おかげでその後の入院生活を楽しく過ごすことができた。
どちらかと言うと人見知りの僕にとってこれは大きな変化だった。まるで脱皮できたような心持ちだった。
 
幸いにして、僕が経験した「恥」は、立ち直れない程のものではなく、精神的にちょっぴり脱皮を促してくれる「薬」になってくれた。
 
あの時、自分のプライドや羞恥心だけを抱え込み我慢だけしていたら、きっと今より度量の小さい人間になってしまっていただろう。強烈な恥ずかしさを経験したことで、かえって心を成長させてもらった。今はそう思っている。
 
恥をかくという事も、時として良い薬になるのなら人生には必要なんだと感じている。
 
 
 
 
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2020-03-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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