マスクに、自分らしさのスイッチを奪わせない
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:山田由美子(ライティング・ゼミ平日コース)
近所の桜が、もう葉桜になっていた。
今年は春の訪れが早い。
それなのに、まだマスク姿のままだ。
新型コロナウィルスの感染予防のためなのだから、仕方がない。
昔から、極力、マスクをつけないようにしてきた。息苦しいし、声は籠るし、メイクも崩れる。何より、笑顔で会話が出来ないことが残念でつまらない。
しかし、数年前に喉を痛めてからは、乾燥対策とインフルエンザ予防で、冬の間だけは頑張ってマスクをつけるようにしてきた。商売道具の喉を痛めるわけにはいけないし、ウィルス系の風邪で喘息が誘発されるようになったからだ。冬の間だけのことだし、仕方のないことだと割り切っている。
だが、元々マスク嫌いなのだから、電車や雑踏、ライブハウス等の込み入った場所では意識して着用するものの、人と話をするときや混雑しないオフィス等では、体調や気分次第でつけたりつけなかったりする。もっというと、様々な口実を思いついて「ここはつけなくていいだろう」と、ついマスクを取ってしまうのである。
でも、今年は事情が違う。
新型コロナウィルス。会社からの指示で、社内でもマスクの着用が義務付けられた。何より、軽いけど喘息の気があり、ウィルス感染すると重症化する危険性がある。治療薬もまだない中、予防の一環で、とにかく着用時間を今までよりも長くする必要がある。今回は本気でマスクに向き合わなくてはいけない。
しっかりマスクを着け続けるにはどうしたらよいだろう?
そこで考えた。
「口紅をつけるのをやめたら、マスク着用時間を伸ばせるのではないか」
大成功だった。
アイメイクはきっちりしているのに口紅はナシだと、アンバランスな顔になる。カッコつけの私がそんな顔を人前にさらすはずがないのである。
デスクでお茶を飲む時も、マスクをつけたり外したりしながらそっとお茶を飲み、飲み終わったらまたすぐマスク。
そんな風に、マスクをつけ、口紅をつけない日々に慣れた頃、急に気がついた。
「マスクの下にお化粧する意味はあるの?」
顔全体を血色よく健康的に見せてくれるチーク。だがマスクで顔が隠れているのだから、顔色を良く見せる必要はないだろう。
コンシーラーで小さなシミを隠す必要もなさそうだ。先の細い筆でちょんちょんとコンシーラーを乗せて指先で丁寧にポンポンと伸ばす作業は、意外と時間を取るのだ。
色白でクマが出やすいため、クマ隠しのクリームは必需品で結構こだわってきた。しかしクマ隠しも、マスクをギリギリ目の下まで引き上げれば、セーフなのではないか。
そう考え、一日また一日と、少しずつ手間を省いてきたら、メイクの時間がとても短くなった。
メイクの手を抜くと、メイク直しもしなくなる。どうでもよくなってくるのだ。
マスクの汚れも気にならなくなり、マスク不足の昨今、一石二鳥だ。
そして、在宅勤務が始まった。
メイク、どうしようかな。
テレビ会議もアイコンで顔を隠せばいいし。
その時、心の中でアラートが鳴った。
「ちょっと待って!それで本当にいいの?!」
この流れに乗ってメイクをしなくなれば、アクセサリーもオシャレもしなくなるだろう。すっぴん顔にそれらはアンバランスだからだ。
なし崩し的に自分が崩れていく予感がして、久しぶりにキチンとメイクして、パソコンの前に座った。
テレビ会議でみんなの様子を見てみると、意外とちゃんとしている。むしろ普段よりちゃんとしている人がいて、ある先輩は自宅でネクタイを締めていた。
「メイクは気持ちの切り替えになる」というけれど、改めてその通りだなと思った。
メリハリが失われがちな在宅勤務で、緊張感をもって一日を過ごせた気がする。
メイクをしない先輩にとっては、ネクタイや背広が気持ちの切り替えになっているのだろう。
東日本大震災の時に、支援活動の一つでネイルサービスがあったのを思い出した。瓦礫の片付けや炊き出し等が続く中、ネイルのお手入れなんて後回しのはずだが、綺麗になった爪を見て、皆、笑顔が輝いていた。心の張りを取り戻したのだと思う。
メイクもネイルもファッションも、生活に必須のものではないし、人の本当の美しさは別のところにある。
だけど、メイクをすれば背筋が伸びる。ハイヒールを履けば歩くリズムも変わる。オシャレもネイルも、恐らく先輩にとってはネクタイが、大切な心のスイッチなのだと思った。
シャキッと背筋を伸ばし、顔を上げて颯爽と歩く自分のスイッチ。笑顔で人とのコミュニケーションを楽しみ、沢山笑うことで、また元気になる、自分らしさのスイッチ。
思い返すと、マスクをしてメイクを手抜きするようになってから、少しうつむき加減で歩いていた気がする。マスクを理由に、自分らしさのスイッチまで見失うところだった。
春だ。
相変わらずマスク生活は続くだろう。メイクは、手抜きではなく薄化粧にする。心の張りを失わず、自分らしさのスイッチをしっかりオンにして、日々を過ごしていきたいと思う。
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