あなたは、いま何時ですか。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:大森瑞希(ライティングゼミ・平日コース)
「○〇さんの映えメイク術」
本屋の平台に山積みにされている、その本を見たとき私は反射的に目を背けてしまった。
表紙にアップで映るその顔は、私の知っている人だった。
その場を通り過ぎて、少し離れた場所からその平台を眺める。
すると、女子大生だろうか、若い女の子二人がその本を手に取り、レジへ並ぶのが見えた。
私の中で、嫉妬がむくむくと湧き上がるのを感じた。
彼女の本は、平台に置かれるほど売れ筋で、たった今も買われていくのを見た。
人の成功がこんなにも羨ましく、疎ましい。
イライラが募り、結局私は本を一冊も買わずに店を出た。
4年前、彼女と私は同じラインにいたのに。
私たちは2016年ミスユニバース神奈川決勝に残ったファイナリストのうちの一人だった。
当時、私は20歳。
何者かになりたくて、ミスユニバースに応募した。
昔から、何でもいいから大きなことを成し遂げて、光の当たる人生にあこがれていた。
友人や先輩など、自分の知っている人が成功するのを見ると素直に喜べない。
年が近いのに、彼らに比べて自分はなんて力のない退屈な人間なのだろう。
けれど、それまで、これといった成功を何も収めていない私が、もしグランプリになれたら。
平凡な人生が大きく変わるような気がしたから。
モデルなんてやったことなかったけれど、不安より、圧倒的な何者かになりたい願いの方が強かったから。
一年かけて10キロ減量し、ウォーキング、スピーチの練習を積み重ねた。
その苦労の甲斐あってか、ファイナリストにまで勝ち残った。
「ミスユニバース神奈川代表は△△さんです!」
私じゃない名前が呼ばれている。ステージの上からだと観客が拍手しているのがはっきり見えるのに、私は無音の世界にいた。
決勝にたどり着くまで、出場者は計3回、ふるいにかけられてきた。
ここまで来たら、今度こそ私の人生が変わると思っていた。
でもだめだった。
やっぱり、私には何者かになるなんてできなかったんだ。
それから私は、負けることをやめた。
本の彼女のことをネットで調べてみると、その美貌とメイク術を活かし、美容系ユーチューバーとなっていた。フォロワーは20万人。文字通り、何者かになっていた。
同じ敗者だったのに、彼女は今、本を出している。
それに比べて、私はあれから何が変わったのだろう。
大会が終わり、残りの大学生活を淡々と過ごした。
卒業してから、一般企業に就職し、勤めて3年になる。
一生懸命に働いて、毎月給料をもらう。
稼いだ金で、美味しいご飯を食べ、気に入った服を身に着け、自分好みの部屋に模様替えする。本を読んで、映画を見る。
どこからどう見ても自立している。
普通の暮らしをしながら、ささやかな幸せを噛みしめている。
そのはずだったのに。
本屋の平台に置かれた本の彼女の顔を思い出す。
起業して成功した先輩、絵の個展を開いた友人、プロ野球選手になったクラスメート。
次々と何者かになった人の顔が目に浮かんで、窒息しそうになる。
昔は私も同じ場所にいたのに。
どこでこんなに変わってしまったのだろう。
心がかき乱されていく。
きっと、私は自分自身を騙していた。
「人生を変えたい」という、心の奥底の声を意図的に聞かないようにしていた。
夢の叶わない星のもとに生まれたと思えば、残念だけれど、辛くはなかったから。
挑戦することよりも、毎日の暮らしに小さな幸せを見つけられることの方が価値があると自分に言い聞かせていたから。
もし、彼らと私で違うことがあるとするならば、
それは、己の心の中にある声に、どんなにつらくても目を背けずに向き合ったことなのかもしれなかった。
「25歳の誕生日おめでとう」
恋人が誕生日を祝ってくれた。ケーキを目の前に私は沈んでいた。
今日の昼に見た、本の彼女のことが頭をちらついていた。
「どうしたの」
思っていることを話した。
成功した人に嫉妬してしまうこと。
自分も何者かになりたいのに、足踏みをしてしまっているようで焦っていること。
「え、みずきはまだ25でしょ」
そう。そうだけれども。
日の当たらない星のもとに生まれた私は、これから先、どんなに頑張っても他人の成功を指をくわえて見ている人生かもしれない。
私は文章が書いて食べていける人になりたい。
けれど今年だって、何も残せなかったよ。
「うーん、でもそう思うのは早すぎるよ」
彼は言った。
「100年生きるとしたら、25歳のみずきはちょうど4分の1。
人生を1日に例えると、みずきはまだ朝の6時だよ。
今日はどこに行こうかな、とか、どんな人に出会えるかなってワクワクする、そんな時間なんだよ」
心の中でゆっくりと、朝日が昇る気がした。
そうか、私はまだ朝の6時なんだ。
これからの人生に胸を弾ませる、そんな時なんだ。
「もしかすると、今までが夢の中で、やっと目覚めたのかもしれないよ。
人生はこれからだよ」
すっと心が軽くなるのを感じた。
彼は私よりだいぶ年上で、今年で40歳になる。
数年前に転職。給与や福利厚生は前の会社の方が良かったらしいが、今は自分のしたい仕事を精一杯している。
「おれだって、まだ朝の10時だからさ」
彼は今を生きている。
一日のうちに、どの時間にハイライトがあったって良い。
大事なことは、地に足をつけて、一瞬一瞬を頑張りとおすことだ。
一日の終わりに後悔しないために。
これからも私は、周りの成功者に嫉妬し続ける。
焦りもするし、落ち込んだりもする。
けれど、自分で自分のことだけは決して見捨てないようにしたい。
ゆっくり行く者は無事に行く。
無事に行く者は遠くまで行く。
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