本という名の精神安定剤
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:フジタナユミ(ライティング・ゼミ特講)
収集は癖というより治らぬ病だ。紙物は本に始まりノート、カード、切手、展覧会のフライヤー、ライブや映画のチケットの半券、旅行先の切符、喫茶店やバーのコースター。挙げればキリがない。服や靴も大好きで、クローゼットはもちろんいっぱい、靴も靴箱では足りず、階段下収納は靴の部屋に変えた。
収集品の中で、もっとも増殖の勢いがおさまる様子がないのは本。棚に収まりきらずにまさに山のように積み上げられた本はどれも大事で、手放すことはできなかった。
わたしは昨年、人生初の引っ越しをした。
引っ越しが決まってからも、何を持っていくか考えるばかりで手が動かない日が2か月ほど続き、気づけば業者さんが荷物を引き取りに来る日まで数日というところまで迫っていた。
本を引っ越し荷物に加えるかどうか。この選択が最も頭を悩ませた。
引っ越し先は築年数としてはかなり古いものの1階部分だけで6部屋もある一軒家。同居人(当時の彼氏で、今は夫となった人)はわたし以上に本をたくさん所有しており、すべて持ち込むと言う。
たしかに家にスペースは十分あるが、二人ぶんを合わせたらおそらく500は優に超える冊数を運び入れるのはどうなの……と思い、わたしは持っていく本をかなり抑えることにした。
夫とは趣味嗜好がかぶる部分も多いため、自分の蔵書をすべて持っていかずとも一緒に暮らすなら補えるだろうと考え、暮しの手帖、村上春樹の小説、少女漫画と、自分しか持っていない分野の本だけを厳選することに決めた。それ以外の本は、実家の部屋にそのまま残した。
荷ほどきをすると夫との圧倒的な蔵書数の差に少し凹みつつも、まあ仕方ないとあきらめ、新生活は始まった。
引っ越しと同時に転職もしたため、馴染みのない土地での新しい仕事、しかも今まで別々に暮らしていた人との共同生活。大きすぎる3つの変化を受け止めることで精一杯の毎日だった。
慣れない暮らしが日常と言えるようになったのは、引っ越しから5か月ほど経ったころ。適応できるもんだなあと感心しつつも、なにか自分の中にしっくりこない感覚を覚えたのもこのときだった。
時間が空いたとき、調べたいことがあるとき、そしてちょっとした不安や迷いがあるとき。
そんなふとした瞬間に、モヤモヤが発生しては少しずつたまっていった。理由は分からず、さらに不安になる悪循環になっていた。
そこで思い出したのは、引っ越し前に「本、どうする?」と相談したときの夫の言葉だった。
「本は全部持っていく。そうじゃないと、自分の一部が欠落したようで気持ち悪いから」
彼自身も、本を実家に残したままひとり暮らしをしている期間があった。この発言は覚えていたが、わたしはそこまでではないだろうと高を括っていた。
でも、まさにその通りなのだ。
いくら趣味嗜好が似通っていても、やっぱり人の本棚に並ぶ本は自分の本ではない。
引っ越し前、別に毎日本を読んでいたわけではない。手に取るよりなんとなく眺めていた時間のほうが多かったのに、手元にないことが不安を生んでいるのだと気づいた。
夫の言葉のとおり、自分がなんとなく自分じゃないような感覚になるのだ。
料理本のような生活の中で必要な情報を得る本だと少し異なるが、ふと手を伸ばす本は、そのときの興味関心がどこにあるか、現在の立ち位置を教えてくれた。
過去に読んだ本は、自分の思考のどこかに影響していて、なにかの拍子に小説の一節が頭に浮かび、「あの本を今、読み返さなきゃ!」と思ったことは一度や二度ではない。
気になって買ってはみたもののそのままになってる本は、今はまだその時期じゃなくても、ぴったり来る未来を待っている。
わたしにとっての本棚は、自分をあぶりだしていた。言葉にできない心情も、過去・現在・未来も、本というモノを通して意識化できるものだった。
無意識のうちにその存在が与える影響は、思った以上に大きかった。
ミニマリストという言葉はもうすっかり定着し、モノを持たない軽やかな暮らしに憧れることもある。
手に取ってみてときめかないものは手放しましょう。
そんな魔法本が出版された当時、わたしにも魔法がかかるかも、モノの少ないすっきりとした部屋が手に入るかも、と錯覚し、小学生のときにコレクションしていた崎陽軒のひょうちゃんを手放した。それから10年近く経っても、未だにひょうちゃんを想って泣いているわたしは、もう開き直って逆の世界で生きるしかない。すべてのモノにときめいているから捨てられない。片づけの魔法はわたしにはかからない。
ついに先日、実家に帰省しすべての本を回収した。今住んでいる家の本棚はほぼ完成した。「ほぼ」なのは、本棚に入りきらずに段ボールに入ったままになっている本がまだあるからだ。
片づけができないやつの開き直りと思われるかもしれない。
それでも、運び入れて1か月が経った今、読む時間がとれなくても並ぶ本ににんまりする時間は、確実にわたしの精神安定につながっている。
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