メディアグランプリ

幸せな言い間違い


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:荒木裕美子(ライティング・ゼミ特講)
 
 
私は言い間違いが多い。
普段から頭と口がスムーズに繋がっていないような気がする。
しかも、ここぞという時にとんでもない間違いをしてしまうのだ。
 
私が新卒で就職したのはバブル崩壊直後で、なんとか地元企業に入ったものの、社内は仕事が全く無い状態で、約1年半の新人研修(!)の後、東京勤務になった。
生まれも育ちも地元だった私。転勤先の同僚は方言丸出しの私をとてもかわいがってくれた。恋バナのかけらもなかったけれど、とても楽しくて居心地がよかった。
 
ある時、会社の先輩であるIさん夫妻の結婚式の二次会に招待された。
二人とも直接業務で関わりはなかったけれど、Iさんは1つ前のプロジェクトで、奥さんは当時同じ部署で働いていた。
Iさんは、会社以外で友人のいない私を飲み会やスポーツ観戦に誘ってくれて、いろいろとお世話になっていたので、喜んで参加した。
 
それから半年ほど経って、会社の内線電話で(古い)Iさんから連絡があった。飲みに行かないか、ということだった。
飲み会だろう、と疑わず、有楽町駅で待ち合わせた。
 
待ち合わせ場所へ行ってみると、いるのはIさんひとり。私が出るときは、奥さんはまだ仕事をしていたはずだ。
「あれ? 他には?」と訊くと、「まあ、いいじゃん」と、Iさんはどんどんと歩き出してしまった。
 
Iさんは私があまり行ったことのない方向へ進んでいく。「これが日比谷公園ね」と、田舎者の私に親切にガイドもしてくれる。
そうこうするうちに、ガラス張りの明るいお店についた。いつも飲み会をするような居酒屋ではない。
 
「たまにはこういうところでゆっくり話すのもいいかと思って」と入ったお店は、人はまばらで静かだった。お酒を飲む感じでもない。
「へぇ、こういうところでデートしてるんですか?」と訊きながら、頭の中は疑問符でいっぱいだった。
何で私とIさん二人きりなんだ? 奥さんは知ってるのか??
 
食事をしながら、話をした。特に当たり障りのない、仕事の話や会社の同僚の話。Iさんは話題が豊富な人なので、こちらが気を遣わなくても何となく話は途切れなかった。
 
食後に紅茶を飲んでいると、急にIさんに尋ねられた。
「ところで、君は今好きな人はいるの?」
ん? なんだ急に?
「いやー、別にいませんけど」
「どんな人がタイプなの?」
そんなことIさんに言わなければならないのか? 私が口ごもっていると、
「君が誰か見つけて幸せになるまで、僕はちゃんと見守っているから」
と、満面の笑みで言われてしまった。
 
ますますわけがわからない。
いくら私に男っ気がないからと言って、新婚のIさんを心配させるほどのことなのだろうか?
世話好きにもほどがあるよな…… といろいろと頭を巡らせてみたが、私たちが差し向かいでこんな話をしている理由は全くわからなかった。
 
「映画くらいならいつでも付き合うから」と言われて、その日は別れた。
誘われているにしては、なんかおかしい。だいたい、相手は新婚さんだし。
その後、2回くらい内線電話でのお誘いがあったが、仕事の都合もあったのでお断りした。
そのうち、Iさんの奥さんとも仲良くなって、何度か同じ部署の女性陣で一緒に食事に行ったけれど、ご主人の話は特にしなかった。
 
それから2年くらい経って、私は退職して地元に帰ることになった。
母の病気療養のためだったが、予後は厳しいと言われた母は半年経っても元気いっぱいだったので、私は生活雑貨のお店にアルバイトで入ることにした。
 
年始は2日から初売りだった。
それまで普通の会社勤めだった私は、2日から仕事かよ…… と半分ふてくされながら店に出ていた。新規オープンのそのお店はあまり立ち上がりが良くなく、お正月の割に来客数は少なかった。
 
そこへ、なんとIさん夫妻がやってきたのだ。
まさか、地元で会うとは思わなかったので、びっくりした。そう言えば、Iさんの奥さんは隣の県の出身だった。
「帰省のついでに寄ってみたよ」とは言うものの、確か奥さんの実家はここから車で2時間くらいかかる場所だ。ついでの距離ではない。
久々の再会はうれしかったが、二人とそんなに濃い付き合いをしていたわけではない。なんでわざわざ来てくれたんだろう?
 
と、ここで思い出した。
あれは、二人の結婚式の二次会の時だ。
 
あの日、私は奥さんとは同じ職場で毎日顔を合わせていたけれど、Iさんとは部署を異動になって以来だった。
おひらきの後、新郎新婦がお見送りをしてくれるところで、「Iさんとお会いするのは久しぶりですね」と言おうと思ったところを、こう言ってしまったのだ。
「Iさんとはご縁がなくて」
 
あ、間違えた、と思ったけど、次々と列席者が出てくるので、言い訳をする暇もなく出てきてしまった。たぶん、露骨に「しまった」という顔をしていただろう。
 
Iさんは、私がIさんのことを好きだったのだと勘違いしてしまったのだ。
今ごろ気がついた。
それなら、二人で食事に行った時の妙な会話も、辻褄が合う。
 
「あいつかわいそうだから、ちょっと食事でも付き合ってあげようかな」なんて、奥さんと話していたんだろうか。
その当時に気がついていたら、奥さんと顔を合わせるのも恥ずかしくて会社にも行けないくらいだったけれど、幸か不幸かそういうことに超鈍感だったせいで、完全にスルーしてしまっていた。
今となってはむしろ「Iさんにハッピーな時間を提供できてエライぞ、私」と誇らしいくらいである。
 
Iさんの中ではきっと「地方から出てきた女の子が自分に片思いをしていた」という美しい思い出になっているに違いない。
そうなっていたら、私もうれしい。
 
 
 
 
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2020-04-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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