メディアグランプリ

よわいものがつよくなる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:音羽ひろ(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
私は今、生活保護を受けている人が就労するためのサポートをしている。しかし、日常生活を送るだけで精いっぱいという方が多く、様々な理由で体と心の両方に負荷がかかっているため、仕事をするまでの状態にはなかなかたどり着けない。
そうした人たちをさらに苦しめているのが、心身のつらさだけではなく「働かなくてはならない」というプレッシャーだ。ある30代の男性は極度の不安症で、面談の前夜は不安と緊張で一睡もせずにやってくる。そんな彼が小さな声でつぶやいたことがある。「やっぱり、男じゃけえ、奥さんと子どもを食べさせられるようにならんとね」。そんな彼には妻子はいない。彼女も友達も、支えてくれる家族もいない。自分の生活を維持していくのにぎりぎりのはずなのに、自らにより負荷をかけている。
生活保護受給者は世間に甘える怠け者であると糾弾されがちだが、そういう人はむしろ少数だ。多くの人は精神的に落ち込み、疲弊しきっていて一日中寝込んでいる状態であっても皆「働かなくてはいけない」「働けない自分はふがいない」という自責の念に絶えずさらされている。
そもそも、生活保護を受給している方の多くは働くこと自体に困難を抱えていがちだ。コミュニケーションがうまく取れなかったり、指示されたことがこなせなかったり。それでも呪いのように「働かなくてはいけない、養わなくてはいけない」と考えている。
しかし、この「呪い」にかかっているのは生活困窮者の人たちだけではない。私たちすべてが「働かざる者食うべからず」の呪いにかかっている。そして働くことはお金を稼ぐこととイコールであり、稼ぐお金の額には上限がない。今の社会に生きている人でもう稼ぎは十分、これ以上はいらないと言い切れる人は少数だろう。日々の糧が得られる程度に稼いだ後は、将来のための貯蓄が必要と、さらなる不安に駆られる。そしてどこまでいっても稼ぐ手を緩めることができなくなる。
その圧力が反転すれば、稼ぐことができない人に厳しい視線を向けるようになる。そして最も稼げない人をさげすむことで心の安寧を得るのだ。
セフティーネットである福祉制度は享受している人だけのものではなく、すべての人の安心を担保するものである。生活保護受給者をたたくことは、自分自身が苦境に陥ったときにすさまじい自己嫌悪をもたらしかねないのに、だ。
昨今のコロナ禍は経済にも甚大な被害をもたらすといわれている。最初は観光業や飲食業の人が災禍を被っているが、収束までの時間が長引くほどに詰む人が増えていくだろう。そうすると、「自助努力が足りない」「やる気がない」「こんな環境でもがんばって苦境を乗り越えている人がいるのに」という言葉が今度はわが身に返ってくる。
生活保護受給者の多くはその言葉を一人ぼっちで受け止めてきた人たちだ。みじめな自分に一人で対峙し、苦しみに七転八倒する。しかしそれは「つよさ」ではないだろうか。そして、翻って私たちは稼げなくなったとき、そのつよさを持てるだろうか。
もしこれから、多くの人が経済的に立ち行かなくなったとしたら、国からお金を受け取ってでも生き延びなければならない。
底の見えない大不況を予感して、すでにベーシックインカムの導入を望む声が上がっている。ベーシックインカムは国が最低限度の所得保障をすべての国民に対し定期的に支給するという政策だ。もしこの政策が実現されたら、彼我の差はなくなる。
しかし、これは福音なのだ。
私たちはみな稼げないということが
私たちを呪いから解放してくれる。
 
もしこうした状況になったら、よわいとされている生活保護受給者が一番生き生きし始めるのではではないかな、と思ったりする。稼げない恐怖を先にしっかり味わっている彼らは「つよい」。
さらにいえば、稼がなくなったったら私たちは何をすればいいのだろう?自分の価値をどこに見出せばよいのだろう。
稼ぐことを最優先にするということはお金にならないことを後回しにすることだ。お金にならないことは往々にして心が純粋に喜ぶことだったりする。お金にはならないが心身が活性化するため生きるための活力が生まれる。本来はその活力自体が自分を支えるものであるはずだ。それをみつけることがカギになるように思う。自分だけの活力を知っていることもまた「つよい」。
ある日、生活保護受給者である女性が、お世話になったお礼にと手作りの携帯ストラップをプレゼントしてくださった。下半身が不自由で外出に制限がある彼女は、日給にすると数百円に満たない内職でお金を得ている。その貴重なお金で材料を買ったという。「手先を使う作業が好きなんよ。」とはにかみながらストラップを手のひらにのせてくれた。プラスチック樹脂の中にネイルアートの飾りを入れ込んだそれは「つよさ」の象徴のように見えた。
 
 
 
 
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2020-04-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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