“夢の国の秘術”私が長蛇の列に並んでも疲れなかった理由
記事:わたなべみさと(ライティング・ラボ)
人ごみは嫌いじゃない。
行列に並ぶのもまあ、度合いによるが毛嫌いするほどではない。
ものすごく並ぶのであれば、事前に知っていればなお良い。事前情報があればヒールはやめてスニーカーにしたり、スマホに好きな音楽を詰めたり、待ち時間に読む本を物色したり対策を講じることができるから。
1週間前にそこを訪れた時、愕然とした。「ディズニーランドじゃあるまいし」そんな言葉が口をついて出た。3時間待ちの案内がされていたのだ。
それでもディズニーランドのアトラクションなら並んでいられる気がする。並ぶものによるが日影もそこそこあるし、アトラクションの世界観に入り込んだような外観が楽しいし、何よりも待っている人たちに楽しそうな人が多い。しかし、どんと構える博物館を前にして屋根もないだだっぴろい広場でこれだけ待つのは退屈だし、きついな……。
そして即座に並ぶのを諦めた。しかし中に入るのをあきらめたのではない。戦略的撤退である。その日はチケットだけ買って、翌週に持ち越したのだ。相応の準備をもってこの長蛇の列に挑もうと誓ったのだ。
そして時は来た。
「鳥獣戯画展」
ウサギとカエルが相撲を取っているコミカルなチラシを握りしめ、私は東京国立博物館の門をくぐった。
絶句した。
時刻は開館10分前の午前9時20分。準備万端で建物に対峙した私が見たものは先週と変わらない長蛇の列と150分待ちのプラカードを掲げたお兄さんだった。
しかしどうしても見に行きたかった鳥獣戯画。チケットも購入済み。予想外の敵の壮大さだが、ここで尻込みするわけにはいかない。決死の覚悟で最後尾に並んだ。
はずなのに――。
すぐに入れてしまった。本当に。時刻は12時ジャスト。2時間半ちょい待っている。外はカンカン照りで人は密集していたが、さほど疲れていない。タネも仕掛けもないし、もちろんずるをしたわけでもない。ラッキーといったらそれまでなのだが、むしろ疲れていないことに罪悪感を覚えるほど現状に困惑していた。それにしても何故建物の中に入るまでの2時間半、ノンストレスで待てたのだろうと並んでいる間の出来事を思い返してみた。
「あ、そうか!」答えはすぐにやってきた。
脳内で並んでいる最中の映像を巻き戻してみると、そこにはしっかりとした3つの理由があったのだ。
①日傘の提供
実は私は晴天による直射日光を懸念して日傘を持参していた。しかし、人が密集するほどの混雑を予測していなかったため、一人だけ場所をとる日傘をさすのはよろしくないとすぐにたたんでしまっていた。そこにスタッフさんが大きなバケツに入った大量の日傘を貸し出してくれたのだ。みんなでさせば怖くない、ではないが、日傘に対する遠慮が軽減されたのは事実で、皆が直射日光で体調を崩すことなく快適に過ごせたと思う。
②展示にまつわるクロスワードパズルの配布
これが何よりもありがたかった。4段階のレベルに分けられたパズルは中の展示に関連するものであり、解いているうちに予習ができ、館内でより理解が深まったように感じる。なにより暇がつぶせる。難しすぎず、簡単すぎず、わからなかったらスマホで調べながら解いていき、パズルがすべて埋まったころには列もあと少しのところまで来ていた。
③並んでいる人々の存在
ノンストレスで並べた最大の理由が他に並んでいる人々であった。
イライラしていなかったのだ。炎天下で長時間並んでいるのに、である。むしろ何故か終始和やかであったようにも感じる。
きっとそれはスタッフによる上記の気遣いによるものなのであろう。
幸い私の場合は、前に並んでいた親子連れの子供がほとんどぐずることがなく、楽しそうに遊びながら並んでいる姿を見て終始癒されたことも功を奏し、途中で嫌になることもなく館内へ無事入場することが出来たのだ。
すごい!本当にすごい!
最初に「ディズニーじゃあるまいし……」と嘆いていたのがウソのようだ。
ん、まてよ?純粋な感動の中、何かが引っかかった気がした。
日傘の提供、スタッフの心配り
クロスワードパズルで世界観に引き入れ、なおかつ退屈させない。
待ってる人が、どことなく楽しそう。
そう、私が並んだ行列は、あの大規模テーマパークが持ちうる”待てる要素”を兼ね備えていた。恐るべし、鳥獣戯画展。スタッフの気遣いと心配りが並ぶこと自体を一つのアトラクションに変えてしまうとは。
かくして、体感時間にしてすぐに中に入れた私は一通りの展示を満喫し、いよいよメインの鳥獣戯画甲巻パートへ――。
「うあっ?!」
目の前に現れたのは180分待ちのプラカードを持ったお兄さん。
まさか中でもこんなに行列ができているとは……。
時刻は午後1時半。並んだらお昼を食いっぱぐれることはおろか、閉館時間ぎりぎりでメインパートは見れるかどうかもあやしい。
なめてた。
がっくりと膝を付いた私はこの時、外で並んでいた時には1ミリも想像できなかった、本当の恐ろしさを味わったのだ。
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