「今は知らない、でもこれから知っていく」という、甘美なステップ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:藤原 千恵(ライティング・ゼミ平日コース)
ワインを飲む人は、きっと「ワイングラスに注ぐ適量」が、なんとなくわかると思う。
いつ知ったかさえ覚えていないくらい身近なもので、あまり意識していない人もいるかもしれない。
ワインは香りを楽しむものだから、グラスの中で空気に触れやすくするために少量を注ぐ、ということ。
だが、私は赤ワイン用のたっぷりと大きなグラスに、なみなみと赤ワインを注がれるという経験をした。
家の近くの、少しおしゃれな焼肉屋さんに行った時のこと。
その日は、最初のビールを頼んだ後は、ワインのボトルをあけようと夫と決めていた。
好きなお肉とつまめるものをいくつか注文し、ワインリストから好きな赤ワインをボトルで頼んだ。
注文を取ってくれた店員さんは、きっと大学生くらいで初めてバイトに入ったような、かわいらしい女の子だった。
何をするにも慣れておらず、はにかんだように困り顔で笑う姿を見て、「あぁ私もこんな時期があったなぁ」と少し懐かしい気持ちになり、微笑ましく彼女を見守っていた。
その時私たちはカウンターに座っており、彼女は私の右側でワインをサーブしてくれていた。
私の体は左側にいる夫の方を向いていて、話に夢中になっていたから尚更、サーブしている姿は見えていない。
話が途切れ、彼女の方を何気なく振り向くと、赤ワイン用のグラス(このお店のグラスは本当にたっぷりと大きな赤ワイン用のグラスだった)いっぱいに赤ワインが注がれていた。
そしてもう1つのグラスにも、勢いよく注がれ始めていた。
私は思わず、「このくらいで大丈夫!」と少し焦り気味で彼女の手を止めた。
まるで、暑い日に飲むぶどうジュースのように、なみなみとグラスに注がれた赤ワイン。
このグラスに対して、ワインの量は、きっと、もう少し、少なめ、よね?
(もしそれがグラスワインで一杯だけ注文したのなら、こんなに注いでもらっていいのかしら? とずるいことを思うかもしれない)
彼女が席を離れたあと、
「ジュースみたいにたっぷりと注いでくれたね」
と、苦笑いしながら夫に伝えると、
「そうだね、パッと見たら、これがワインだとは思わないかもしれない」
と同じような表情でこたえた。
一回り以上歳が離れているであろうかわいらしい彼女に対して「ワインはこんなに注がないものなのよ!」なんて伝えるはずはない。
そして、誤解しないでほしいのだが、苦笑いしながらも、不思議と嫌な気分にはならなかったのだ。
その時胸に広がった気持ちは「まだ知らないっていいな」だった。
私は、一体いつ「ワイングラスに適した量」を知ったのだろう。
専門学校の頃、イタリア料理のレストランでアルバイトしていた時だったはずだから、きっと今の彼女と変わらない年頃の時だ。
一般常識としての、ワインの適量。
この「一般常識」と言われているであろうことを知るタイミングは、本当に人それぞれだなと思う。
まず、彼女はまさか焼肉屋さんのアルバイトで、ボトルワインをサーブするとは思っていないだろうし(きっといつか適量を知る日が来るのだろう)、そもそもお酒が好きではない人は興味のないことだ。
電車やバスの乗り方も、地域によって違いがあり、それは自然と身についた常識だと言えるだろう。
一般常識といっても、絶対にこうしなきゃいけない! と決まっているものでもないのに、違和感を抱いて気にしてしまうなんて、なんだかつまらないな、と思ってしまったり。
ただ、この若さが故の「知らない」ということに関しては、羨ましいなと思った。
知らない、ということは、いつか知ることができるのだ。
それは、ワインの適量から、社会の成り立ちであったり、学問だったり、恋愛の仕方だったり、本当に幅広く様々にある。
いいなぁ、知っていくって、とても楽しいことだ。
自分の身を持って「知る」経験を思い出すと、少しだけ身震いしてしまうような感覚を思い出す。
当時は苦い経験だったとしても、後から思い返せば、それはその時しか経験できない甘い出来事として思い出されるから不思議だ。
初めてアルバイトしたレストランで、怒られながらカクテルの作り方を教えてもらった学生の時。
新しい仕事内容を覚えるために、必死に夜遅くまで仕事していた新入社員の時代。
恋人と別れた時の、あの起き上がれないくらいの死人になったような気持ち。
今まで知らなかったことを、自分自身の心とからだで体験して、それを自分の魅力に昇華させていく甘美なステップだ。
きっと今は「あぁ、こういうこともあるよね」なんて、分かったようなことを言ってしまいそうな気がする。
それは知っているからこそ心を乱されない良い点だと思うが、ちょっぴりさみしい。
大人になればなるほど、知ろうとしなければ知ることができないことが、たくさんある。
知っているつもり、でも、本当は知らないことがあるはずだ。
かくいう私も、何を知らないかわからないくらい、知らないことが山ほどある。
身近なことで言えば難しい税金の仕組みや、恋愛必勝法があればそれも、まだ知らない。
知らないことを「私は知らない」と言えることや、知ることの喜びがわかるということは、大人になった、ということなのかもしれない。
例の彼女も、もちろん私も、これからまだまだ未知の体験ができるのだ。
知らないということをネガティブに捉えず、新しい自分になれる機会だと前向きに思いたい。そう、それはきっと楽しい!
***
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
★10月末まで10%OFF!【2022年12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《土曜コース》」
天狼院書店「東京天狼院」 〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F 東京天狼院への行き方詳細はこちら
天狼院書店「福岡天狼院」 〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN 〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
天狼院書店「プレイアトレ土浦店」 〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
【天狼院書店へのお問い合わせ】
【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。