今日も息子にいじめられています
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:西畑 奈々(ライティング・ゼミ通信限定コース)
「まぁー、まぁー!」
目を覚ますと、息子(2歳)がむくれた顔をしてこちらを見ていた。
小さなお手手には私の髪が一房握られていて、ギュッと意外に強い力で引っ張ってきた。
「あいてててて」
私はその攻撃になす術もなかった。
こういう時はビシッと叱らないといけないのかもしれないが、それどころではない。
本気で、痛い。
「けいすけ、やめて。痛い」
私が息子にお願いすると、
「まぁーま」
さらに力を込めて髪を引っ張ってきた。
「いてててて。こら、けいすけ!」
今度はその反応を面白がってニヤニヤしだした。
「やめなさいって言ってるでしょ!」
私が無理やり髪を取り返して部屋から逃げ出すと、ママがいなくなるのは嫌だと、息子が泣きながらついてきた。
「どうしたの急に。けいすけが何かした?」
隣の部屋にいた主人が心配して声をかけてくれた。
「寝てたら、急に髪の毛引っ張ってきた」
私はため息交じりに先ほどあったことを報告した。
「そうなの。けいすけ、ダメだよママをいじめたら」
主人は息子に注意してくれたが、それで反省してくれた様子は全くなかった。
息子の瞳はつけっぱなしのテレビの画面に注がれたまま、小さな声で「うん」と言った。
けいすけは、結婚7年目でようやく授かった子供だ。
2~3年ほど不妊治療外来に通い、痛い思いや恥ずかしい思いをした。
義務と化した月1回の子作りに、主人との仲も悪くなった。
月に4回程度休暇を取るので、仕事にも影響が出た。
それでもダメだった。
いろいろ試してもダメだったので、「これ以上続けるなら人工授精が必要です」とお医者様は言った。
費用も高額になるし、そこまでやりたくなかったので、一旦治療を辞めようということになった。
驚いたことに、諦めた途端に妊娠した。
しかし、結局その子に会うことはできなかった。
初めてエコー検査で見たときはミリ単位の大きさで、心臓が動いているかどうか確認できなかった。
それから毎週病院に通って様子を見たが、全く大きくなることもなく、一度も心臓が動くことはなかった。
そしてその子を取り出す手術の中で、私の病気が発覚した。
“卵巣のう腫”という。
卵巣の周りに、同じくらいの大きさの“のう腫”が張り付いていた。
幸い良性だったので、手術して切除することで正常な状態に戻すことができた。
「あの子は、病気のことを教えに来てくれたのかな」
手術後にお見舞いに来てくれた主人はそんな事を言っていた。
退院して2か月、まさかの再度の妊娠が発覚した。
“のう腫”が無くなったのが良かったのかもしれない。
今度は、2回目のエコー検査で赤ちゃんの心臓が動いていることが分かった。
「大丈夫かな、ちゃんと育つかな」
私たちの心配をよそに、エコー検査の度に赤ちゃんは少しずつ育っていった。
出産予定日を少し過ぎた産婦人科への通院の帰りに、陣痛が来た。
痛かった。
最初はおなかを壊したかと思ったが、定期的に痛くなったり、痛みが引いたりする様子に陣痛だと分かった。
さっき出てきたばかりの病院に電話をかけ、すぐさま入院することになった。
ベッドの上で定期的にやって来る陣痛に耐えていると、看護師さんがやってきた。
看護師さんは、スパルタだった。
「安産になるために、今から歩きましょう」
「え?歩けますかね」
「痛いときは休んでもいいですから」
私たちは病院の廊下をぐるぐると歩き始めた。
「イタタタ……。ふぅ」
「おさまりましたね、では歩きましょうか」
ヨロヨロと歩いては痛みで止まり、歩いては止まり。
安産のために歩いたほうが良いとは聞いていて、普段から歩くようにはしていたが、出産直前にまで歩かされるとは夢にも思ってなかった。
「はい、がんばりましたねー。休んでていいですよ」
どれくらい歩いたか覚えてないが、看護師さんからベッドで休んで良いと告げられた。
再度ベッドの上で陣痛に耐えていると、やがて陣痛の間隔が短くなってきた。
看護師さんに伝えると、色々とチェックしたのち、分娩室に移動することになった。
「痛いから早く産まれてこないかなぁ」
定期的に来る陣痛の中、それからさらに3時間頑張ることになる。
そして筆舌に尽くしがたい痛みと苦しみの末、ようやく赤ちゃんは産まれてきた。
不思議な事に、産まれた途端に陣痛は止まった。
私が最初に言った言葉は、「痛いのが終わって良かった」だった。
赤ちゃんに会うための、長い長い苦労は終わった。
そして2年後。
私が夜に寝ようとしていると、いつもの様にけいすけが部屋にやってきて私の枕を奪い取る。
私の枕の上でごろごろし、「ねんねー」と言う。
一緒に寝てくれるのかと少し期待するが、たぶんそうは上手くいかない。
「ばいばーい」
けいすけは笑顔で手を振り、寝室の扉を指さす。
要するに、ママは寝室から出て行けと言っている。
けいすけはまだママと遊びたいのだ。
夜中の10時になっているとしても、まだまだ寝かせたくないし、寝るつもりがないのだ。
仕方ない。
「こんなに大変だとは思わなかった」
私はため息をつきながら、部屋から出る。
子供を授かるために頑張って、頑張って、色々な苦労をした上で今がある。
しかし、私の苦労は終わらない。
今更産む前に戻ることはできないし、頑張って育てるしかない。
やんちゃで甘えん坊な息子にいじめられながら、でも「仕方ないなぁ」と許しながら、私は毎日を過ごしている。
***
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