「あなたらしく」の呪縛から解放された話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:三木 幸枝(ライティング・ゼミ通信限定コース)
「あなたらしく、頑張りなさい」
これは、ここぞと言うとときに母が私に言う言葉。物心ついたときからずっと。
入学式や運動会、入試、壇上で発表するときなど、この言葉でいつも私を送り出してくれた。
今思うと、母は一見響きのよいこの言葉を、なんとなく使っていたのだろう。
言葉はさておき、送り出す母の表情や態度から伝わるものは、あたたかく愛情にあふれるものだったので、私はその日のいろいろを頑張れたものだった。
しかし、「あなたらしく」という言葉は、のどにかかった魚の小骨のように、ふとした瞬間に思い出されて、私の心をちくりとさした。
私は、「あなたらしく」という言葉の実態をずっと掴めずにいた。
「私らしく」ってなんだろう。
小学生の頃の私は、確固たる「自分」というものが誰しもにもあり、それはどんな困難にも揺らがないものである、と思っていいた。
しかし、当時の自分は、何かあればすぐに心が揺らぐし、良いと思うことや夢もころころ変わる。
「あなたらしく」と言われても、「自分」がなんだかわからないので、雲をつかむような話だ。そして「自分」のことがわからない自分をとても恥じていた。
勉強が飛び抜けてできる子、スポーツが得意な子、また、話が面白くいつも周りに人が集まっているような子……私の周りの子たちは、それぞれ「自分」を持っているように思えた。
自分でも「自分らしさ」がわかっているのだろうな、それに引き替え私は……と所在なく暗い気持ちで毎日を過ごしていた。
中学生から高校生のころは、「自分らしさ」とは、自分の好きなことを突き詰めて、自信をもっている状態なのかなと漠然と思いはじめた。
「自分らしさ」を確立するためには、人と同じことをしていてはいけない、また、ほかの人が追従できないくらいの特技がなければ……と様々なことに挑戦してみた。
しかし、変わり者だなと思われこそすれ、頭ひとつ抜き出るような特技も身につけられず。「自分らしさ」を探す旅はますます混迷を極めた。
もがく日々が続いていたが、あるとき、母の「あなたらしく」という言葉の正体が分かる出来事があった。
大学生のときのこと。青年海外協力隊に興味をもった私は、詳しい資料を請求した。ところが、何ヶ月たっても届かない。父に聞いたところ、資料は届いてはいるが、母が隠していると。探し出し、自分の手元においていたところ、再び無くなった。
またか!と思い、母に尋ねると、顔色一つ変えず「燃やしたよ」と一言。
ええええええ! ひどい!
抗議すると、「あなたらしくしてほしい」と、涙ながらに叱られた。
母のなかでは、私が青年海外協力隊に参加するのは「らしくない」らしい。
また、社会人になり初めて就職した会社で残業が続いたときには、そんな残業ばかりの会社を選んだのは「あなたらしくない」と責められた。
娘の安全や健康を願う気持ちもあったのだろうが、母自身の思う型からはみ出ようとしたものなら、ものすごい勢いで止められ反対された。
私は分かった。
母の「あなたらしく」は、あくまでも、母自身の規範のなかで良い子でいる私が前提であるということが。
母の思い描く理想の娘のようにふるまうことが「あなたらしく」だったのだ。
自分の好きなことや関心のあることを突き詰め、人とは違うことを極めると、「自分らしさ」が手に入ると思っていた私とは、完全にずれていた。
そりゃ噛み合わないはずである。
母の「あなたらしく」の正体が分かったものの、だからといって確固とした「自分」が見つけられたわけではない。「自分らしさ」に悩む日々がまた続いた。
その後、しばらくして転職し、結婚もして母となった。
毎日がめまぐるしく「自分らしさ」について悩むことすら失念していたが、ある日、突然、(本当に突然)気づいたことがある。
「自分」というものは一つではなく、役割によって、さまざまな「自分」がいるということだ。そして、それぞれの役割に応じた「自分」をその場その場で生きている。
職場での上司としての自分、部下としての自分、PTA役員としての自分、同級生のなかの自分、妻としての自分、母としての自分、趣味の仲間といる自分、SNS上の自分、姉妹としての、娘としての……、それ意外に数え切れない様々な面を持って生活している。
そして、それのどれも全部自分自身だ。
たとえば、家族のなかではよくしゃべるけれど、PTAの会合のなかではおとなしい自分。同級生のなかでは聞き役に徹することが多いけれど、同僚の中では積極的にリーダーシップをとる自分。
そのギャップは当然で、自分が確立されていないということではなく、悩む必要もない。
ああ、はやく気づきたかった。
それからは、確固とした理想の自分を追い求めるのは、やめた。
自分とは、いろんな役割の複合体なのだ。
そして、それをもうすでに私は手に入れている。
先日の誕生日、職場の先輩に「あなたらしく頑張って」とメッセージをいただいた。
母の決めぜりふと同じであった。しかし、もう、それは私の心をちくりとは刺さなかった。
たくさんある自分のなかで、先輩との付き合いのなかの自分を認めてくれての言葉だと感じ、単純に、とても嬉しかった。
母の「あなたらしく」に悩んだ日々も、もう終わり。
年老いた母に心配をかけないように、母の求める理想の「自分」を演じる私も、数多ある自分のひとつ。
これからも、必要な自分、求められている自分を、その時々に応じ使い分けて生きていくのだろう。
みんなもおんなじじゃないかな。
一つの体で、いろんな役割・自分を精一杯生きている。
そう思ったら、周りのみんなや世界中の人々がとても愛おしく思えてきた。
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