自死した命と守れなかった命、ふたりの死が教えてくれたこと
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記事:綿谷しふみ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「ドスン!」ものすごく大きな音が響き渡った平日の昼下がり。保育園の手洗い場にいた私はその音が何を意味するのか全くわかっていなかった。
血相を変えて駆け寄ってくる先生。手洗い場にいた私たちは直ぐに教室に入れられ何事もなかったように1日が過ぎていった。
今でこそ当たり前になっているが、その当時はとても珍しい働く母に育てられた私は、生後3か月で保育園に預けられた。
その保育園は当時住んでいた実家から遠く離れた、電車で15分程のところにある。毎日母の自転車の後ろにのり駅まで向かう。駐輪場までの距離を節約するため、関係者以外立ち入り禁止のスーパーの裏口を顔見知りのオジサンにこっそり通してもらうちゃっかりものの母。
その通りは色んな食べ物が入り混じったような、なんとも言えない独特の臭いがした。
自転車から降りると満員地獄の通勤電車で会社と保育園のある駅に向かう。
幼い私にとって毎日が小旅行気分だった。満員電車でさえ母といられる喜びにかきけされ楽しかった記憶がある。
こんな風に毎日通った7年間の保育園生活の中で、あるふたりの
死に直面することになるのだ。
感のいい方ならもう気づいたかもしれない。冒頭で書いた「ドスン! 」という音は自ら命を絶った女性が保育園の廊下にたたきつけられ絶命した瞬間の音だった。
大人たちの噂話によると、年老いた女性が病気を苦に保育園の上にある団地から投身自殺をはかったということらしい。
幼い子供に死ぬほどの苦悶がわかるはずもなく、彼女の夫が園児みんなにお菓子をくれるという話にワクワクし、「いつもらえるんだろう。早く食べたい」そんなことしか考えてなかった記憶がある。
そしてあろうことか、自殺したおばあさんの幽霊がでるかもしれないと、面白おかしく友達と話していた人の心の痛みなど全くわからない残酷な子供であった。
幼い子供が自殺という場に居合わせる体験をしただけでも、今おもうと、とてもビックリする出来事だ。
だけど、身近な人が普通ではない亡くなり方をするという体験は、これだけでは終わらなかった。
保育園で一緒に遊んだ彼女が二度と戻ってくることのない遠い国に旅立った年齢は曖昧でハッキリしない。私よりひとつかふたつ年下だった記憶がある。
4歳か5歳くらいだっただろうか。それにしてもあまりに早い旅立ちだ。
彼女を抱き上げくるくる回って遊んだ時の弾ける笑顔を思い出す。
明るく元気いっぱいの彼女は、友達の家から持って帰ってきたおもちゃのことでお母さんに叱られ外に出された。
泣き叫ぶ彼女の声がぴたりとやみ、不思議に思ったお母さんは様子をみるために外に出た。そこには幼い娘の姿はなく、手すりから下をみると変わり果てた幼い我が子が横たわっていた。
真っ暗な夜。マンションの向こう側は街の明かりで光り輝いていたに違いない。小さな彼女はきっと暗がりの恐怖から逃れたくて、まさかそこに死があるとはわからずに、手すりを飛び越えてしまったのだ。遠い国に逝ってしまったもう二度と会えない幼なじみ。
私はこの頃ふと、ふたりの死を思うのだ。長寿が当たり前で、生きることが担保されている平和ボケの日々。
生きることが当たり前ではないことを、まざまざと突き付けた感染症がふたりを思い出させたに違いない。
自死した命と守れなかった命。
ふたりの死が教えてくれたこと。
それは、命は当たり前にいつもそこにあるものではなく、いつなくなるかわからないということ。
幼なじみを死なせてしまったお母さんは、幼い我が娘をしつけのためとはいえ、外にだすという間違いをしてしまった。
私の行動は同じことをしていないだろうか。自分の軽率な行動が誰かを死に導いていないだろうか。
世界中を震撼させているコロナウィルスは高齢者や持病のある人にとっては命取りになる。
若い人や元気な人にはそれほど怖いウィルスではないかもしれない。
だけど、自分は大丈夫だからという自己中心的な考えが自分自身を死神に変え、守れるはずの命を奪い去ってしまうことだってあるのだ。
苦しみから逃れるために身を投げ自死したおばあさんのように、大切な人を亡くした悲しみに耐えられず、命を絶つ人もいるかもしれない。
もしかすると、自分勝手な行動がその悲しみに加担してはいないだろうか。
知らない間にウィルスに感染させて誰かの命を奪ってしまうことは、ウィルスと同じように目に見えてわかることではない。
今がこんな状況だからこそ、人との心の距離を近づけて、思いあうことが大切なのだ。
幼い頃に体験したふたりの死が命の大切さを語りかけてくるなんて思いもしなかった。
ふたりの冥福を祈りながら、掛け替えのない命の尊さについて深く思う今日この頃である。
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