オッサンでも、ヒットマンのように何処へだって飛べる
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記事:ごうだ さとし(ライティング・ゼミ日曜コース)
昨年十一月、翌日に五十歳の誕生日を迎える私は、遠いエジプトでピラミッドを目前に見上げていた。
思えばいつからか、自分が何歳の時にどこで何をやっていたか、振り返ってもあまり思い出せなくなっていた気がする。
若い頃は当然初めて経験することも多く、進学や就職、初恋、失恋など自分にとって大きなトピックがあるので、わりと鮮明に記憶に残っているものだ。
しかし三十代半ばを過ぎると、結婚や子供が生まれたといった人生のビッグニュースがない独り者は、転勤したり昇進したり、達成感を得た仕事はあっても、十五年前に父が亡くなったという家族にとっての大事件を除いては、何歳の時に自分がどこで何をしてたかなんていちいち思い出せなくなった。
必死で生きてきたから年月が短く感じるという訳でもない。
元来面倒くさがりな性分でもあり、そのつどの仕事や小さな悩み、平凡な日々に流され、自ら大きな変化を起こす訳でもなく、自分に言い訳しながら十数年を過ごしてきたように思う。
そんな私にとっての転機は六年前。
初めての海外勤務となる中国・上海への赴任を会社から命じられた。
大学時代に部活動のアジア遠征と、会社に入ってから研修でアメリカに行った以外、自らの意思で海外に出たこともなかった私にとって、数年にわたる海外勤務はまさに未知なる体験であり、もう若くない年齢での初めての海外赴任は、思いもよらない高いハードルだった。
行ったら何年いるか分からない、正直それまで悪い印象しかない大嫌いな中国という国、自分にそんな国での仕事が務まるだろうかという不安…。
一度は断ろうかとも考えたが、即答を避けて一晩考えた末に、私は赴任を受諾することにした。
大げさかもしれないが、これは自ら変化を起こすことを躊躇ってきた私に与えられた、人生を生き直すためのラストチャンスかもしれない。
なんとなく居心地がよくて、なんとなく自由で、大きなトピックもない日々に甘んじてきた自分を変えたいという想いは心の中に確かにあった。
周回遅れの人生かもしれないが、思いきって大嫌いな中国へ飛び出すことにした。
現地での仕事は予想以上に大変だったが、日本とは生活様式も価値観も異なる国での生活は、毎日が驚きと刺激にあふれていた。それまで気づかなかったことや見えなかったものを発見したり、やれるチャンスがあるのにやってこなかったことを思い知り、海外なんて到底無理だとか、縁がないと勝手に思い込んでいた自分が、激しい環境の変化にも順応して、変化に臆せずチャレンジできる性分だということにも改めて気づかされた日々だった。
それは着実に自分の中のマインドや価値観が切り替わっていった三年間だった。
三年後に帰国した私は、経験を買われ中国向けの新規ビジネスを任されて、それなりに成果も上げたが、一年経って四十代も終わりに近づき、心の中である想いがどんどん膨らんでいった。
自分は今まで誰かに与えられた世界の中で、できそうなことだけを選んできたんじゃないか?
まだ知らない世界が無限に広がっているのに、自分に都合よく逃げてこなかったか?
父が亡くなったのは六十歳、もし自分にもあと十年余りしか人生が残ってないとしたら?
そんなことを考えるうちに、長年勤めた居心地のいい場所に留まり続けるよりも、中国行きを決めた時のように、まだ知らない場所へ無性に飛び出したくなっていった。
困難とされた中国での仕事を三年間やりぬいた自信も、作用したかもしれない。
一年後、私は会社の早期退職制度に応募して、転職先も決めずに会社を初めて辞めた。
面倒くさがりで、休日も一日中家にいることを苦にしない出不精な私は、長旅に出ることにした。
少なくとも一年間は働かず、今まで行ってみたかったのに行こうとしなかった場所へ行こうと決めて。
人生五十年近く生きてきて、一年や二年ぐらい何てことない。
良く言えば大らかで、悪く言えば無鉄砲な、そんな吹っ切れた気持ちに素直に従って躊躇なく旅に出られるようになったのも、中国での三年間があったからだろう。
ヨーロッパ、北米、東南アジアの各国を周り、半年余り経った十一月下旬、初めてアフリカに上陸した。
モロッコのマラケシュへ向かうため、ドイツのフランクフルト空港にいると、日本にいる友人からLINEが入った。
「今どこ?」
「フランクフルトからマラケシュに飛ぶところ」
「まるでジェイソン・ボーンみたいだな、笑」
そうツッコまれ、映画「ボーン・アルティメイタム」のCIA最強のヒットマンと同じ経路でアフリカに向かう自分に思わず笑ってしまい、同時にこの先もさらに続く未知なる旅に心躍る想いがした。
数日後、マラケシュからエジプトのカイロに入り、ピラミッドのあるギザ地区へ。
そして、翌日に五十歳になる私は、遠いエジプトでピラミッドを目前に見上げていた。
紀元前二千五百年以上も前に建造されたといわれる雄大なピラミッドの前で、わずか五十年という短くてちっぽけな人生に思いを巡らせた。
まさか自分がピラミッドの前に立つことになろうとは想像もしなかった。
しかし今の自分は、そこに辿り着くまでにいくつもの国々を独りで半年かけて周ってきた自分だった。
与えられた旅程やチケットでなく、それを面倒くさいとも思わず、まだ見ぬ場所へ行ってみたいというシンプルな思いで歩んできた道程があった。
結局私の四十代最後の年は、計十五か国を巡り、たくさんの忘れられない記憶を刻んだ年になった。
何かを成し遂げたわけでもなく、独身ゆえに自由に放浪してきただけだが、自分がどこで何をしてたか思い出せなくなった日々はこれで終わりにしようと思う。
自分の中のマインドを切り替えて、新しい旅に踏み出すのに、年齢なんて関係ない。
オッサンであろうが、変化を楽しむことが出来れば、映画のヒットマンのように何処へだって飛べるし何だってできるのだ。
いよいよ後半戦に突入した人生の旅は、自分に正直に、年甲斐なんて気にせずに、最後に良い旅だったと振り返れるように、変化を楽しみながら進んでいきたい。
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