メディアグランプリ

オンエア十五分前

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:門井研(ライティング・ゼミGW集中コース)
 
 
「あれだけ被害者の雁首、確認しとけって言ったのに、どうして間違えたんだ、どう責任とるんだ」
そのころ、放送局の報道記者になって一年が経っていた。
顔を真っ赤にして追及するデスクの前で、血の気が引いてものを考えられず、ただ呆然としていた。
殺人事件の被害者の顔写真を取り違えてしまった。
さらに名前まで間違えていたとなると、手の施しようがなかった。
とにかく次の午後九時前のニュースまでに訂正放送をしなければならない。
取り囲むカメラマンや同僚の記者たちは無言である。モニターの画面からも責められているように感じる。
昨日、民家に二人組の強盗が押し入り、一人暮らしの老婆が殺された。
犯人は現場に刃物を残して逃走中である。
朝から現場周辺で聞き込みをし、町内会の役員という男性から、旅行の集合写真をみせてもらったのだった。
男性から謝礼を要求されたものの「ニュース取材ですので」と断った。男性は愛想がよかった。今思うと、よすぎるほどだった。お茶菓子を出してくれたり、被害者についての人となりを教えてくれた。
男性の指が示した女性の顔を撮影して、本社へ戻った。
取り違えはないと胸を張ったのに、その結果が誤放送だった。
仕事の失敗は続くもので、その月は交通事故現場の地名を間違えてテロップを発注したり、見頃を迎えた花の名前まで間違えたりしていた。
三度目のしくじりにデスクからあきらめ顔で告げられた。
「ちょっと休め」
「いえ、まだ被害者の写真を」
「他のやつがとってきた。もういい。今日は帰れ」
 
帰宅すると、いつも元気に迎えてくれる愛猫の姿がなかった。部屋をあらためてみても、どこにもいない。
ベランダに出ようとすると窓が開けっぱなしで、愛猫はここから出ていってしまったのかと思う。二階から見下ろしても見つからない。
観葉植物が枯れかかっていた。何日前に水をやったか思い出せない。
交際している全国紙の女性記者に電話をしたものの、つながらなかった。記者という職業柄、一緒にいる時間が長く、取材先で顔を合わせるうちに交際に発展する場合も少なくない。私たちもその一組だった。
家に帰れと言われたものの、いてもたってもいられない。
事件に進展はないかと、刑事一課長の自宅を訪ねた。
すでに待っている記者たちがいる。そこに、彼女もいたが、なぜか素っ気なく、目を合わせようともしない。
いつものようには声をかけられないでいると、別の記者もやってきて、「やあ熱いねお二人さん」と冷やかす。
「そんなことないです」といって彼女が見やったのは、隣にいた記者だった。
羞恥でその場にいられなくなって、仕事を放り出して逃げた。
 
「どうしてうまくいかないんでしょう」と、飲みに誘ってくれたデスクに問いかけた。
何度ミスをしても、社会部担当から外さなかったデスクだった。
悩みを打ち明けると、意外な答えが返ってきた。
「確かめないからだよ」
「自分では十分、確認をとっているつもりなんですが」
「裏取りが足りないと思うんだよ。基本的なことだけど、とても大切なことだ。俺は一人だけじゃなくて、二人、三人に同じことを尋ねて、照合している。記者のときは無論、今もそうしている」
私生活の愚痴をこぼすと、彼は重ねて言った。
「本人の気持ちを確かめてきたか? あと、他の人にも、彼女がどんなふうに、おまえを思っているのかきいてみたか?」
両肩をつかまれて揺さぶられている気持ちがした。
「誰もが本当のことをいうとは限らないぞ。愛想のいい人物ほど疑った方がいい。嘘を教えられることもあるからな」
 
その後、幾度も確認する癖をつけた。
くどいぞ、と嫌な顔をされるほど繰り返した。
いつしか「くどい」君というあだ名をつけられていた。
猫は帰ってこなかったし、女性との縁もなくなった。
一人の時間は新聞に何度も目を通し、録画したニュース番組を四六時中みる習慣をつけた。
そうして、間違うことがなくなったころ、異動が決まった。
一か月後は、コマーシャルの枠を売り歩かなければならない。
異動が一週間後に迫った日、初めての特ダネを手にした。
何年も前から用地収容で反対派ともめていた、空港の開港日をつかんだ。
複数の関係者から聞いた事実だった。
「オンエアまで十五分だぞ。空港開港日は本当にこれでいいんだな?」
電話を耳に当てながら、県庁の記者クラブのブースから出ていく。
「五人から話を聞けました。大丈夫です」
 
 
 
 
***
 
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2020-05-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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