小説『ほんものの目』【第一章 ブラック時計と「問い」】
*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。
【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
文:斉藤萌里(チーム天狼院)
*このお話はフィクションです。
右目の端から左目の端。
次々と車が通り過ぎてゆく。横断歩道の手前で青信号を待つ芦田恵実(あしだめぐみ)は、腕に買い物バッグをぶら下げて、視界の中で移動する車をぼうっと見つめていた。バッグの中身の食材は、一回の買い物にしてはとても軽い。以前より買い物の量が減ったからだ。
1ヶ月前のことだ。
夫の昴(すばる)が家に帰ってこなかった。
帰ってこないだけの日なら今までも多々あった。仕事が終わらなくて帰ってこないことがしばしばあった彼がたった1日家に戻らないといって、慌てるような妻ではない。
またいつものように、きっと仕事だわ。
広告の制作会社で働く彼の場合、帰宅しないのには真っ当な理由がある。少なくとも恵実は夫が「仕事で遅くなる」という場合には決して怒らないようにしていた。それが良いことなのか悪いことなのかはさておき、夫には自由でいてほしいという、ささやかな妻の願いがあった。
でも、そんな彼女の願いがバッサリと裏切られた。
ほんの1ヶ月前。
夫は、車に乗っているときに交通事故に遭い、還らぬ人となった。
それだけでも十分。恵実の心を砕くのには十分すぎた、のに。
「同乗していた女性もお亡くなりになりました」
警察の人から言われた言葉が、恵実にさらに衝撃を与えたのは言うまでもない。
右目の端から左目の端。
通り過ぎる車を見ながら、願った。
どこかで彼が、生きてくれればいいのに——。
第1章 ブラック時計と「問い」
「秋葉さん」
教室で、あたしを呼ぶ声。
答案用紙を持った数学の横川(よこかわ)先生が、死刑判決を下す裁判官のように見えた。
分かってる。
分かってるんだって。
その紙に、ろくな数字、書かれてないんでしょ。
全力で、逃げ出したかった。
先週受けた2学期の中間考査の結果。もう返ってくるなんてひどい。もうちょっと浸らせてくれ。「テスト終わったー!」って、開放感ってもんがあるでしょ。それが、悪い点数だったら、開放感薄れるじゃん。悪い点数って分かってるから、なおさら。
「はい」
先生は何も言わずにあたしに答案用紙を渡した。いやいや、何か言ってよ。あるでしょ、「次は頑張れ」とか「よくやった」とか。後者ではないことぐらい知ってるけれど。
くうぅぅっ。
歯を食いしばりながら席で答案用紙にでかでかと書かれた点数を見た。
はあああああ!?
って、危ない。
思わず叫んじゃうとこだったわ。
「秋葉、大丈夫か?」
隣の席の種田一樹(たねたかずき)が一人動揺するあたしを見て訊いてきた。しっかりと濃い目元。バスケ部らしい爽やかな短髪。本人には言わないが、クラスの女子の間では人気がある。ただ、あたしからすればいつも余計な一言が多い。 いまだって、
ぱっと見心配しているようにも聞こえるが、完全にからかわれている。顔がにやけてんのよ、あんた。
「お願いだから聞かないで」
「あー、悪かったんだな」
てか、絶対楽しんでるよね?
あたしの反応を娯楽にすんじゃない!
種田の言葉はムカつくけど、それもこれも自分の頭が悪いことが原因だって知ってる。1学期もダメだった。クラスの順位は40人中33番。学年順位だって、300人のうち下から数えた方が随分と早い。
中学の頃は、こんなんじゃなかったのにな。
クラスで上から5番以内には入っていた。テストの点数が悪い子がいたら、それこそ何でそんなに悪いのか、聞きたいくらいだと思っていた。正直見下していたところはある。
でも、高校に入ってからはあたしが見下される側になった。まあ、種田みたいにせいぜいからかってくるぐらいだけれど。
あたしが通うここ、県立朋藤(ほうとう)高校は言わずと知れた進学校だ。
あたしの住んでる学区の子で、そこそこ勉強ができる子たちが皆憧れる学校。
あたしも例に漏れず、「頑張ったら入れるかも」という淡い期待のもと、朋藤(ほうとう)高校を受験した。あたしと同じように、中学のクラスメイト数人が朋藤(ほうとう)高校を受験していた。
そしてあたしは幸運にも朋藤(ほうとう)高校に合格し、憧れの高校で華の女子高生になったのだ。
なったんだけど。
「う〜ほんと無理。高校の勉強分かんなすぎ」
お手上げだった。
最初につまずいたのは、1年生の1学期。ほんと、相当序盤だ。
まあまだ、1年生1学期の中間テストまでは良かった。
それまでは中学校の復習みたいなところも多く、有り合わせの知識だけでも、なんとかテストに太刀打ちできたからだ。
なのに。
1学期の期末テストで撃沈。
国語、75点。
数学、55点。
英語、65点。
そんなに悪くないじゃんって思う人もいれば、「やばくね?」って侮蔑してくる人もいるだろうが、後者が正しい。
だって朋藤(ほうとう)高校の皆、とても賢い人ばかりなんだもん。
皆頭が良くて、点数は平均して80点以上の人が多い。
しかもまだ1年生の1学期だからね。
これからどんどん難しくなるわけで、つまりこのままじゃ成績下がる一方じゃん。
……と、気づいてはいた。
気づいてたのに、修正できなかったのは、あたしが本当にバカだからだ。
ちょっと気を抜いていただけ。
「初めてのテスト疲れたっ!」って、大きく伸びをして、伸びをしすぎて、気合を入れ直すタイミングを失ってしまったわけ。
「はあーっ」
本当にもう、全部自分が悪い。
そう思うからこそ止まらないため息に、再び隣の席の種田がクククっと面白がって笑う。
いい加減、笑うなっ!
今日1日、ほとんどテストが返されるだけで授業が終わった。普通に授業されるよりも楽チンなはずなのに、なぜだかいつもの3倍は疲れている。
精神の打撃がすさまじい1日だった。
1年生1 学期の期末テストがマシに見えるほど、全ての教科で点数が低すぎた。
中には赤点のものもある。
まずい。
このままじゃ本当に。
冗談では済ませられないレベルに達している。
「じゃじゃーん!」って、おちゃらけて親に見せられるもんじゃない……。
「勉強……するか」
普通、最初に思いつくべき解決策なんだけど、窮地に追い込まれるまで壁を伝って這い上がろうと思えないタチのあたしには、一大決心だった。
さて。
勉強。
これまで何度も義務感に駆られて部屋の本立てに鎮座している参考書を開いたことがあるけれど、さっぱり頭に入ってこない。
どれも途中で諦めてしまう始末だ。
そうだ、あれは参考書が悪いのでは? だって、白黒の文字でひたすら難しい解説ばかりしてくる参考書なんて、誰も読めないよ。
と、自分の理解力のなさを一般論と化し、だったら自分で分かりやすい参考書を買いに行こうと、下校途中にある小さな本屋に向かったのだ。
それが、全ての始まりだった。
あのおかしな体験に、出逢ってしまったのは。
<つづく>
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