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運命を変えたハローワーク


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記事:スガイユカ(ライティング・ゼミ通信コース)
 
 
「あなたの履歴書じゃ、採用してくれる会社ないでしょうね」
 
社会人5年目の夏、会社を辞めて生まれてはじめてのハローワーク。相談員のおじさんは、私に向かってそう言った。目の前が真っ白になり、さっきまでうるさかった蝉の声が聞こえない。
 
女性が定年まで働けると言われた会社を退職したのは、社内結婚したばかりの夫が、東京から広島へ地方転勤を命じられたからだ。新居を契約して数ヶ月、そんなタイミングでまさかの転勤辞令。私に残された道は二つに一つだった。別居して仕事を続けるか、退職して広島へ行くか。
 
周囲からの「辞めたら絶対に後悔する」という声を振り切って、私は退職届を提出した。
 
そんな一大決心を経てのハローワークでの一コマ。まさに青天の霹靂だった。なぜかというと、私は退職するまでの丸4年、仕事に全精力を注いでいたからだ。そんなこと言って、結婚してるじゃないか。と言われたら身も蓋もないのだが。
 
就職のために上京して、必死に働いてきたすべての時間を否定されたような言葉。人間、予想外の言葉を投げかけられると思考が停止するらしい。「ワタシのリレキショじゃ、ドコモ採用シテクレナイ?」呆然としたまま、理由を聞くこともできぬまま、その日は家路についた。
 
帰りの路面電車の中、おじさんの言葉を反芻した。次第に、「あのおじさんに私の何が分かるんだ! 4年間とはいえ、人並みに仕事をしてきた。すぐに採用してくれる会社を見つけてやる!」と火がついた。
 
実のところ、働き詰めだったから少しゆっくりしよう。雇用保険をめいっぱい受給して、職業訓練でも受けようか。そんなことを考えていたのだ。でも気持ちは一変した。すぐにでも私を採用してくれる会社を探そう。
 
翌朝、もう一度ハローワークに出向き、求人検索をした。そして希望条件からいくつかの候補を見つけた。
 
改めて、書類選考用の履歴書を書いてみると……。
たしかに、この履歴書1枚じゃ私の4年間を伝えることは難しいのかもしれない。あのおじさんにはムカついたけど、あながち間違ったことは、言っていないのかもしれない。そんな想いが芽生えた。
 
私は、新卒で入社してからというもの、ハムスターが回転車を回すように必死に働いてきたつもりだった。最初に配属された部署は、同期の中でハードと言われる部署だった。理由は「あなたがタフそうだったから」と後になって、人事の人に言われた。
 
ハードだったゆえに、人よりもたくさんの経験ができたことは間違いなかった。その分、自分の中に蓄えができたつもりでいたのだが、その全てを履歴書に映し出すことは難しい。
 
できるだけ丁寧に履歴書と職務経歴書を書きあげて、あとは面接に進めたらそこで全力で伝えよう。その日のうちにポストに投函した。
 
すると、すぐに面接の案内をいただき、結果的にその週のうちに内定の連絡をいただくことができた。
 
あのハローワーク事変から1週間、私は次の勤務先を見つけたのだ。心のなかで、「ヨッシャー!」と叫び、あのおじさんに「ギャフン」と言わせることができた気がした。
 
でも、あのおじさん……。もしかして、私を奮起させるためにあんなことを言ったのだろうか。だとしたらすごい人心掌握術だ。結果的に雇用保険を受給することなく、転職することになったのだ。もしや凄腕相談員か?
 
そんなことを考えているうちに、だとすると、あのときの言葉をもっと大切にすべきでは? 私は転勤族の妻で、また引っ越しをする可能性がある。そのたびに職探しをするかもしれない。そのときに備えて、自分の経験はなるべく、わかりやすい形で人に伝えられるようにした方が良いのかもしれない。そんなことを考えるようになった。
 
新しい勤務先として選んだのは弁護士事務所だった。そこで弁護士から「勤務時間中、空いた時間があったら、勉強してもいいですよ」と言われたことをきっかけに、資格取得を目指すことにした。
 
前職時代、不動産管理の経験があったので、宅建(宅地建物取引士)の取得を目指した。この作戦は功を奏し、実務ベースでの知見が役立ち、無事に資格を取得することができた。
 
その後、双子を妊娠したため、その弁護士事務所を辞めることになった。しばらくの間、双子の出産・育児に専念していたのだが、双子が3歳になった頃、またもあのおじさんの言葉が頭をよぎった。
 
この双子の育児経験を活かすにはどうしたら良いのだろう。そこで、思いついたのが保育士試験の受験だった。これはなかなか難しいチャレンジだったが、「身に起こることは資格にして、人に説明できるようにする」を信条になんとか乗り越えた。
 
あのおじさんの言葉がなければ、私は資格試験を受けることはなかっただろう。資格があれば良いという問題ではないが、転勤族の妻として、宅建と保育士というカードを得たことは、こころの安心材料になった。何より、自分という人間を説明しやすくなった。
 
その後、数回の転職を経て、私は今、とてもやりがいのある仕事に就いている。不動産業界でもなく、保育業界でもないが……。これまでの経験を活かして新しいことにチャレンジ出来る職場に巡り会えた。
 
あのおじさんの言葉に出会わなければ、今の私はいない。そう思うと、あの出会いは、運命を変える出会いだったのかもしれない。今となっては、あの出会いにとても感謝している。
 
 
 
 
***

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2020-05-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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