わたしは、あなたのミカタ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:楠田 真奈美(ライティング・ゼミ日曜コース)
「先生、A君が教室に入りたくないって騒いでます」
またか……何度目だろう、彼のワガママに振り回されるのは。
独身時代、私はとある公立中学校に勤務し、特別支援学級の担任を受け持っていた。特別支援学級とは、何らかの障がいを持つ生徒が在籍するクラスだ。一般の生徒と過ごすクラスとは別に存在し、学習支援や日常生活のサポートを担う。
障がいと言っても身体障害や知的障害など形態は様々で、更には程度にも個人差がある。
問題児の彼は軽度の発達障害だった。軽度の発達障害の場合、通常のコミュニケーション等は問題なく取れるため、障害に対して周りからの理解が得にくい。だからこそ、周囲とのトラブルが絶えなかった。
「毎回そうやってワガママ言って逃げようとして! 甘えるんじゃない!」 彼が教室に入りたくないと泣きわめく度に、叱責して教室に戻そうと奮起する。
起こったことを全て人のせいにして、頑張ろうと努力せず暴れて何とかしようとするA君の行動を私は全く理解できなかった。少し我慢して教室に入る、たったそれだけの事が出来ないのか? 明らかに努力と我慢が足りない。
だからこそ、世の中そんなに甘くないということを厳しく指導しなければと思い、毎回叱責していた。
4月の入学当初から同じことを繰り返していたが、事態は一向に良くならない。それどころか、私とA君の関係はどんどんこじれていくばかり。
ある日、偶然A君が私の前を通りかかった。その時、チラっと私の方を見た後、あからさまに嫌な顔をした後駆け足でその場を去った。
この出来事により、私とA君の間には明らかに信頼関係がないことがわかった。
指導を続けているが、最初よりも事態は悪化している。
彼がワガママなことは紛れもない事実だが、腕のある教師は必ず信頼関係を築き、生徒を良い方向へ導く。
となると、私の指導方法が間違っているということになる。
一体何がいけなかったのか?
これまでの前提を一旦すべて白紙にし、教師側ではなく生徒側……つまり、A君の立場になって考えてみることにした。
彼が人間関係でトラブルを起こすのは、人間関係の築き方がわからないからじゃないか? 本当は人と仲良くしたいのに、できなくて寂しいのではないか? 教室に入ると孤独を感じるから、入りたくないのではないか?
そこで、1つの事に気づく。「もしかして、彼にとって「トラブル後に教室に入る」 という行為は、とてつもなくハードルが高いのではないか?」
これまで、「教室に入るぐらい」 と簡単に考えていたが、それはあくまでも私を含めた大人の見解で、彼にとってはすごく難しいことかもしれない。
そんな無理難題を毎回強要されていたとしたら、A君は間違いなく嫌になるだろう。
「あぁ、そうだったのか」
本人に聞いたわけではないが、きっとそうだという確信があった。というのも、私自身が中学生の時、全く同じ経験をしたからだ。
私はADHD(注意欠陥多動性障害)で、とにかく気が散漫である。また、暗黙の了解といったことを理解するのも苦手で、空気が読めずよく仲間はずれにされていた。
その度、周りの大人からは「あなたの行動のせいで、人間関係がうまくいかない。あなたが悪い」 と言われ続け、その度自分を責めるしかなかった。
自分が悪いのはわかっている。ただ……ただ、自分のこの気持ちを理解してくれる誰かが欲しかった。
私と同じ思いを他の誰かにしてほしくない! そういう思いから教師を志したことを、この時ハッと気づかされた。日々の業務をこなすことに精一杯で、大切なことを忘れていた。
もう一度、原点に戻ろう。
数日して、またA君がトラブルを起こして教室に入りたくないと言い出した。この時、A君のもとへ行き、こう声をかけた。
「どうしても教室に入りたくないなら、今から特別支援教室に行こうか」
意外な言葉にA君は一瞬驚いて戸惑ったが、すぐに私の提案を二つ返事で呑み込んだ。
特別支援学級に着いてから、A君に切り出す。
「A君にとって、トラブルがあった後に教室に入るの、すごくツラかったんだね。先生、これまで簡単なことだと思って無理やり入らせようとしてゴメンね」
これまでツラいという気持ちに気づけなかったことを素直に謝り、そして続ける。
「どうしても教室に入りたくない時は、担任・教科の先生、そして私に報告すること。そうすれば、特別支援教室で休んでも良い」
この手順を守らない時や出来るのにやらない時はこれまで通り厳しく叱る、出来ることは少しずつ自分で努力していくことを約束した。
そして最後に、こう締めくくった。
「私はこれからも厳しいことは言う。出来るのにサボった時は思いっきり叱る。ただ、もしあなたが何か困ったことがあった時は全力で守る。私はあなたの味方だから」
それから、少しずつではあるが彼と信頼関係が築けるようになった。最初は約束を守らず叱ることもあったが、徐々に報告出来るようになり、それと同時に感情のコントロールも身に着け、周囲とのトラブルも減っていった。
学年が終わる頃には、泣きわめくこともなくなり、完璧ではないが努力しようとする姿勢も見えるようになった。
指導方法を変えて、わずか半年での変化だった。
人は1人でも味方がいるだけで救われる。
私が言ってもらえなかった、言ってもらいたかった言葉を言ったことによって、たった1人だが、救いになれたことにこれまでにない喜びを感じていた。
それと同時に、心のよりどころがあることで、こんなにも人は変われるんだと気づかされた。
「わたしはあなたのミカタ」
この一言で人を救えるなら、どんどん口に出していこう。
ミカタの輪が広がれば、今よりちょっと優しい世界が広がる気がする。
***
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