メディアグランプリ

鬼上司「君、指を折りなさい」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:河村晴美(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「君、指を折りなさい」
 
これは、実際にボクが社会人1年目の時に、上司から言われたことだ。
(指を折る?)
連日の残業による寝不足とストレスで、とうとうボクの耳はおかしくなったのか?
いや、課長は本当にそう言ったのだった。
 
時を戻そう。ボクは今から10年前、第一志望の会社に就職した。
憧れのマスコミ業界。誰もが知る、超大手新聞社だ。
ボクの大学からその新聞社へ就職できるなんて、ほとんど奇跡に近い。
その快挙は大学にとっても名誉のようで、大学の就職課から呼び出され、大学広報の一環として、ボクの就活体験談は、顔写真つきで大学の公式HPにも掲載された。
それまで、どこにいても存在感が薄いボクだったが、一瞬だけ瞬間風速マックスの追い風が吹き、サークルの後輩の女の子達からも「すごいですね!」とリスペクトされた。思えば、あの一瞬が人生で唯一の奇跡が起きた時だった。
 
しかし、それも束の間、意気揚々に初出勤した入社式で、奈落の底に突き落とされた。
 
同期は、東大、京大、早稲田、慶応など、早々たる大学の出身者だった。
社会に出れば、学歴は単なるお飾り。実力勝負だと考えるのは、それこそ世間知らずの発言だ。というのも、会話を交わせばその人の頭の中がどうなっているのか、すぐにわかる。
ボクは、同期とのあまりのレベルの違いに、研修期間中、ランチの時の雑談の時でさえも、彼らの会話に全くついていけなかったんだ。
 
例えば、研修でのグループディスカッションのテーマが「現代のメディアについて」の時だ。
ボクは即座にググった。
そうして、「よし、発言しよう」と思った矢先に、斜め前に座っていた帰国子女の子が口火を切った。
「メディアとは背景に沈んでいくものよ」
沈むって、太陽とか船とか、いや今のボクのことか? メディアが沈むってどういうこと?
あまりにチンプンカンプンで、ボクの頭の中に沢山のハテナの旗が立った。
「マクルーハンのメディア論的転回は重要な視点だと思う」
ボク以外のメンバー全員が、うんうんと大きくうなずいていた。
その時の出来事は、ボクの頭の中から一切削除された。自己防衛のための軽い記憶喪失だと思う。その代わりに、大きな劣等感と自信喪失が心の真ん中にドシンと置かれた。
 
研修期間の3か月間を終えて、いよいよ現場配属となった。新聞社でのエース部署は、何と言っても社会部だ。スクープを取れば、社内でヒーローになれるから。
選ばれたのは、同期の中でも噂していた通り、東大出身の山本くんだった。
「やっぱりね」 嫌味なく、本心でそう思った。同期みんなもそうだったと思う。
彼の鼻にかけていない人柄や誠実さは、あの悪夢のグループディスカッション直後の休憩で、だまって缶コーヒーをボクに差し出してくれたことが何よりの論拠だ。
彼なら、きっとこの先も人から好かれ応援されるだろうなと心底思った。
 
で、ボクはというと、整理部に配属された。
整理部というのは、日々起きる事件を記者が現場で取材した記事を、どの紙面に割り当てるかという仕事。加えて、その記事に見出しをつけること。
なので、基本は内勤なのだ。だから、名刺も持たされなかった。社外との接触は全く無い仕事だったのだから。
 
整理部に配属されて、課長へ挨拶に言ったとき、開口一番に言われた。
 
「見出しは重要だ。読者に興味を持ってもらい、記事を読んでもらうためだ。
そして、社会への洞察力を磨け」
席に戻ろうとした矢先、追い打ちのように背中越しに言われた。
 
「見出しは9文字以内だ、言葉を極限まで研げ」
 
先輩達は皆、社内の廊下を歩く時、トイレに行く時、エレベーターを待っている時、いつでもいかなる場所でも、指を折って字数を数えていた。
 
整理部は、外部と接触は無いものの、新聞社は毎日が締め切りの連続だから、今では言えないほどのブラックな職場環境だった。自分専用の寝袋があり、家に帰らないことなんて当たり前のことだった。
ボクは、言葉を削ぐのと同時に、頬も削げていった。
 
そもそも、ぼくが新聞社へ就職した理由は、「絶対、営業はやりたくない」と思ったから。
私立文系の就職先は、業界は違えども、配属される職種はほとんど営業だ。だから、営業職にならない方法を考えて就活したんだ。ぶっちゃけ、当時のボクには、社会正義のためにペンで戦うとかの使命感なんて、欠片も無かった。
誰かに頭を下げたり、ノルマが課せられたりする営業の厳しさは、ボクには到底無理だろうと思ったからだった。
しかし、現実はその反対だった。整理部から配属が変わり、初めて事件を取材する記者になった。ライバル社よりいち早くスクープを取るために、警察署長の自宅前で張り込んでいるところをご近所の人から通報されたこともあった。
また、裁判官に取材するために、ご自宅の風呂場の窓越しに、インタビューしたこともあった。夜討ち朝駆けは、たとえ話ではなく本当のことだった。
久しぶりに、大学の友人と飲んだ時に言われたんだ。
「お前の仕事ぶり、営業以上に過酷だな」
 
実は、今ボクは新聞社を辞めて、フリーのライターをしている。なんだかんだで、新聞社には結局7年余りいた。後輩もできた。仕事の遣り甲斐も手応えも感じていた。
でも、一度、世界を見てみたいと思って、思い切って飛び出した。
今振り返って思う。
劣等感は、負債資産だ。
優秀な同期のおかげで、強烈な劣等感を背負い込まされた。
そのおかげで、ボクは社会を舐めなくて済んだ。
自分の能力にうぬぼれず、相手に応えるため全力で取り組む。
「これぐらいで良いだろう」 なんて手抜きできるほどボクは優秀では無いし、器用でもない。
フリーになり初めて仕事を発注してくれた、編集プロダクションの社長さんは言った。
「仕事の報酬は、次の仕事だよ」
ボクの初仕事の報酬は驚くほど安くて、わずかばかりの原稿料だったけれど、その社長さんの言葉のほうが数倍も価値があった。
 
ボクは今、納品する時に、いつもその言葉を自分に問うようにしている。
そうしていたら、徐々に仕事の依頼が入るようになった。
今では、知らない人や企業からもSNSで連絡がくる。
奇跡みたいな話だ、と思う人もいると思う。
けれども、組織を離れて、しみじみ思う。
月に1回、定期的に給料が振り込まれることこそが、奇跡だ。
当たり前に胡坐をかいては、いつか足元をすくわれる。
 
劣等感という言葉自体に、優劣は無い。人それぞれが自分でイメージを貼り付けているだけだ。負債資産とは、会計に出てくる単語で、普通は負債または資産のどちらかに振り分けられる。
けれども、ボクは敢えて同列にしておきたい。その理由は、劣等感をどう認識し、行動するかで、負債にも資産にもなり得るから。
自分次第で、人生はいかようにも道は拓くことはできるのだ。
 
先日、久しぶりに山本くんから連絡があった。整理部の課長が定年退職するとのこと。
そう、ボクに「指を折りなさい」と言った人だ。山本くんが、今は局長になっているその人の定年退職パーティに誘ってくれたんだ。「もちろん参加!」即レスした。
その元上司から受けた数珠玉の薫陶の言葉を、ぼくは指を折って数えた。
 
 
 
 
***

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

▼大好評お申し込み受け付け中!『マーケティング・ライティング講座』 http://tenro-in.com/zemi/136634

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2020-07-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事