メディアグランプリ

子どもの世界が帰ってきた朝


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:緒方太一(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
なぜもっと早く気づけなかったのだろう。
そんな暗い気持ちが、自分たち夫婦の心を黒く覆っていた。
 
ある日、ふと子どもがしているおかしな動作に妻が注意した。
 
テレビを見ていた息子が何度もソファから立ち上がり、テレビの近くに行っては画面を確認していた。妻は落ち着きがないと思い、きちんと座ってテレビをみるよう諭した。
 
しかし息子から返ってきた反応は、予想外のものだった。
 
「だって画面がよく見えないから」
 
その言葉が気になった妻は、試しに壁に掛けてあったカレンダーの日付の数字を指さして、息子に読み上げるように言う。
 
「そんな数字、遠くて見えないよ」
 
衝撃を受けた。一般的な視力であれば当然日付が見えるはずの距離だった。
息子はまだ小学1年生。つい数ヶ月前の視力検査でAという判定を受けたばかりだった。
 
テレビも適度にしか見せていない。ゲームもしない。スマートフォンで動画を見せるようなこともしていない。しいていえば読書が好きなので、よく本は買ってあげていた。親としては視力が急に悪化することに全く思い当たる節がなかった。
 
翌日、すぐに眼科に連れて行くと息子の視力はDと診断され、すでに0.1に近くなっていた。
 
医師からは「小学校で黒板もよく見えていなかったはずです」と言われた。親としてはショックしかない。全く気付くことができなかったことに対する申し訳なさがただただ募る。
 
夫婦共に、視力が悪いので遺伝による一時的な視力低下の可能性もあると言われ、しばらく様子を見たが息子の視力が回復することはなかった。
 
医師からはできるだけ早くメガネをつけることを勧められたが、すぐにその決断をすることはできなかった。まだ小さな子どもである息子にとっても、メガネへの抵抗はとても強いものがあった。そしてサッカーが大好きな息子にとって、メガネをつけて競技を続けることはとても高いハードルとなる。
 
何か他に方法はないのか。
 
わらをもつかむ気持ちで色々と調べてみる。
既存の視力矯正の方法は大半が分別のつく中学生以上からの使用となっていた。
 
そんな中、ある記事から一筋の光を見出すことができた。
 
夜眠っているときに毎日ハードコンタクトをつけることで、視力を矯正するという方法である。永続的な矯正ではなかったが、毎日つけることで少なくとも翌日は裸眼で過ごすことが可能となるというものだ。
 
海外で始まり、まだ日本では比較的新しい治療法となるため保険の適用外ではあった。しかし、日本の大学でも徐々に研究が進んでおり、特に子どもの視力改善への効果が出たという論文も出されている。
 
一縷の望みをかけて、私たち夫婦はその矯正方法を実践している眼科を訪ねてみた。
 
小さな子どもにハードコンタクトをつけるため、数時間にわたって念入りな検査が行われる。問題が一つでもあれば、この矯正方法を受けることはできない。幸いなことに息子の視力はその矯正方法で改善が見込めるとのことであった。
 
眼科医からは実施にあたって親としての覚悟も問われた。
 
「このコンタクトレンズはご両親が毎日つけてあげなければなりません。寝ている時だけつけてよいコンタクトレンズなので、寝る直前につけてあげて、朝お子さんが起きたらすぐに外してあげる必要があります。世話をするご家族の負担もとても大きい矯正方法なのです」
 
この子の視力が良くなるのであれば、と私たちは医師に対して了承した。
 
何度か眼科でコンタクトレンズを装着する練習をするが、慣れない作業でうまく行かない時間ばかりが過ぎていく。やっと装着しても、初めての経験となる息子は不快感しかないためすぐに外したがってしまう。
 
これで本当にうまくいくのだろうか。
 
息子用のコンタクトレンズが届いたのはそれから1週間後のことだった。
 
初めての晩、痛みや不快感を軽減する目薬を併用することでなんとかコンタクトレンズを装着することはできた。あとは次の日の朝を待つだけだ。
 
翌朝、コンタクトレンズを外したあとにカレンダーの日付を使っておそるおそる息子の視力を確かめてみる。
 
「この日は何日?」と日付を指すと
「14日!」「23日!」「6日!」
 
喜びを隠しきれない自分たち夫婦は何回も繰り返してしまう。
 
そのたびに、きちんと日付を読み上げてくれる息子。
 
以前あれほど見えていなかった日付が見えており、その効果は一目瞭然だった。
1週間後、眼科に視力検診に行くと息子の視力はAに戻っていた。矯正の効果が確実に出ている。
 
それからしばらくの間、息子は出歩く度に遠くに見えるものが何かを教えてくれるようになった。
 
「あれはスーパーの看板だね」
「この信号には交差点の名前が書いてあるね」
「遠くを走っている電車もよく見えるよ」
 
気付くことのできなかった親としては申し訳ない限りだが、この数ヶ月間彼にとって周りの世界はぼんやりとしているのが当たり前だったのだ。鮮やかな世界が戻ってきたことに、息子は喜びを隠さない。
 
「僕は目が良くなったから、何でも教えてあげるよ」
 
その言葉が聞けるだけで親としては嬉しさがこみ上げてくる。
 
この子は自分の世界を取り戻すことができたのだ。
 
 
 
 
***
 
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2020-07-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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