思いやりの先にみる野望
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:古屋 美穂(ライティング・ゼミ平日コース)
フワッ
一瞬、ほんのわずかだが体が宙に浮いたような感覚があった。その後どんどん下に下がっていくGを感じる。なんだか嫌な予感がしてきた。
目を閉じ、ゆっくりと呼吸をして感覚を研ぎ澄ませる。やはり前方下に落ちていくような感覚がある。続けて目を閉じたまま、辺りの気配を感じ取るように意識を自分から周りにもっていく。特にざわざわすることもなく変わった様子は感じない。おかしい……。誰もこの変化に気が付かないのか?
ほんの少し首を横に向け、その方向にちらりと視線だけを滑らせる。
眩しい。眉間にしわを寄せ、目を細める。
視界に入ってきたのは、四角く縁取られた青と白の世界。
上の方が濃く下に向かって薄くなる青のグラデーション。下の方にはモコモコした絨毯のように広がる白。遠くの白は形が変わらないように見えるが、近くに見えるものはゆっくりと姿を変え流れているようだ。ひとつとして同じものがないアート作品のように、一瞬一瞬違う顔を見せてくれている。つい目を奪われてしまっていた。
時折、白いものがシュッっとやや斜め上に向かって過ぎ去っていく。いや違う。動いているのは私の方だ。ここは地上から遥か上空の雲の上。私はいま飛行機に搭乗している。雲の動きからしてもやはり、高度を下げているようだ。しかし、離陸してからさほど時間がたっていない。気流の関係なのか、何かトラブルがあったのか……もしかして……。そう思いあぐねいていた時、ふいに音がした。
ポーン
何度鳴ったか覚えていないが、その丸みを帯びた音の後に機長のアナウンスが始まった。
さぁ、覚悟を決めよう。思い残すことはあるがもはやどうでもいい。泣いても喚いてももうどうにもならないだろう。あとどのくらいの猶予があるのだろうか。最期の言葉を残すべきか……。きっと大惨事だろう。いやいや、ここはひとまず機長の発する言葉を聞こう。さぁ、機長! 何でも聞こうじゃないの! と、本当はかなり緊張していたがその思いに蓋をして静かに名乗り始めた機長の声に耳を傾けた。
「皆様、ご搭乗ありがとうございます。機長の○○です」
丁寧にごあいさつありがとう。気になるのはその続きよね。機体の故障なの? それともなにかトラブルがあったの? 墜落しちゃうの? 悠長に挨拶していないで核心を言ってよ。
「昨今、新型コロナウィルスの影響で不安を抱えられ、自粛を余儀なくされていらっしゃるかと思われます。その中ご搭乗いただきました事に感謝をいたします。」
いやいや、前置きはいいから! どうなっちゃうの? 私たちの運命は? やきもきしながら機長の次の言葉を待つ。
「現在、この機は○○フィートまで高度を下げつつ飛行しております。」
やっぱり! 高度下げていたんだ! 私の感は当たっていたのね。で? いったいなにがあったの?
「当機は間もなく富士山に差し掛かります。この状況の中、皆様に少しでも元気になって頂けたらという思いから、管制官に高度を下げ飛行ルートを変更する許可を得ました。皆さん一緒にこれから富士山を見に行きましょう」
わたしはてっきり、操縦不能もしくは機体の故障、燃料漏れなどで墜落の危険という最悪の事シナリオがこの身に襲い掛かるのだろうと思っていた。予想もしなかったこの事態に驚き、拍子抜けをした。そして、これから富士山を見に行くという機長の言葉にとても興奮を覚えた。
粋な計らいである。
機体がさらに高度を下げ旋回しはじめた。
ポーン
アナウンスが始まる前のポーンという音を聞いてすぐに視線を窓の外に向けた。
白い。
通路側からでは雲しか見えないじゃないかと、残念に思い視線を戻そうとしたときに気がついた。この白は雲じゃない。山頂にまとった白い雪だ。手が届くのではないかと錯覚するほどに間近に迫る。太陽に照らされ光り輝く富士山は言葉にならないほど神々しくとても美しかった。本当に、本当に美しかったのだ。
あまりの美しさに自然と涙が溢れてきた。
この飛行機には父の葬儀に向かうため搭乗していた。疎遠だった父が他界したことは他人事のように実感なかった。顔を見て別れを惜しむことができるのか、何と言って送りだせばいいのか、どんな顔で見送るのか、そもそも見送りに行くべきなのかと、とても不安だった。
そんなことを機長が知っていたわけではなく、コロナ禍において感染の不安や自粛で慣れない生活に疲労を募らせた皆を思って起こした行動に過ぎない。しかし、この機長の優しさが、私に元気だけでなく抱えていた不安を解消し勇気を与えてくれた。さらに、壮大な富士山を普段は見ることができないアングルから拝むことができた。
誰もが周りの人に対して思いやりを持って優しく接していれば、この機長のように知らず知らずに誰かを元気にすることができるかもしれない。もしくは勇気を与えることができるかもしれない。
私も機長のような思いやりのある人間になり、どんどん周りに優しさを感染させたいと思う。
いま、蔓延するコロナのように、優しさが世界中の人々に広がればいつの日か地球は争いのない平和な世界になるのではないだろうか。
***
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