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もう二度と私の前に現れないで


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:濱守栄子(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
 
 
「もう二度と私の前に現れないで」
 
耐え切れなくなった私はついに叫んだ。
 
もう振り回されたくない。いい加減にしてほしい。
 
彼に対する不満ばかりが爆発する。
 
彼との出会いは、正直あまり覚えてない。
物心ついた時には、すでに彼の存在は知っていて、側にいることが当たり前になっていたから。
きっと、彼にとってもそれが自然なことだったし、私もそれに対して違和感はなかった。
 
彼が私に好意を持っていることには、薄々気が付いていたけれど、私は彼が苦手だった。
出会ってまだ間もないというのに、私に馴れ馴れしい態度をとるからだ。
しかも、私だけじゃなく、私の周りの人たちにも馴れ馴れしい……
決してヤキモチを焼いているわけじゃないけど、八方美人な彼の、誰に対してもいい顔をしているその姿に、子供ながらにいい気分はしなかった。
彼の気持ちに応えられる程の器は、私は持ち合わせてはいなかった。
 
だから私は、いつも彼と距離をとるようにしていたし、彼が他の人に話しかける姿を見ると心底安心していた。私をターゲットにしないでほしい。そう思っていた。
 
しかし彼は、私が気にすればするほど、私が逃げれば逃げるほど追いかけてくる。男性には「狩猟本能」があると聞いたことがあるので、もしかして「逃げると追いかけたくなる」心理だったのかもしれないけど、私はそんな彼が恐怖でしかなかった。彼の異常な執着心に、まだ幼い私は怯えるしかなかったのだ。
 
あれは夏祭りの花火大会だったと思う。中学生の私は、友達と一緒にお祭りを楽しむため、浴衣で待ち合わせをしていた。
 
こんな時でもないとオシャレをすることもないし、私は期待に胸を弾ませていた。別に新しい出会いを期待していたわけではないけど、学校内では味わうことのない「非日常」に、私も友達も大分浮かれていたと思う。
 
「浴衣にはポニーテールが似合うよ」と、母親が髪の毛をアップにしてくれて、大きめの髪飾りも付けてくれた。
 
「気を付けるのよ」
「帰りは迎えに行くからね」
 
そう言って送り出してくれた。
 
道中踊りで友達が躍る姿に手を振ったり、ヨーヨー釣りをしたり、綿あめを買って二人で半分こして食べたり。金魚すくいも型抜きも楽しかった。
ちょっと気になっている男の子と偶然すれ違って「ラッキー!」と思ったり。何もかもが、きらめいて見えた。
 
日が暮れてきて、そろそろ花火が上がるという時。友達がトイレに行きたいというので、私は荷物を持って一人で留守番をしていた。人通りは少ないけど、屋台も沢山並んでいるすぐ側だった。今日一日がとても楽しすぎて、後はクライマックスの花火を残すだけとなり、私は完全に気分が高揚していた。
 
そんな……ほんのちょっと気を抜いた時だった。
急に背後に気配を感じた。
耳元で急に彼が何かをささやいた。
気が付いた時には、もう、遅かった……
 
心配性の母親に、あれだけ気をつけなさいと言われていたにも関わらず、私は自分を守ることができなかった。お祭りから帰った私の、あまりにも酷い風貌を見て、次の日、母が病院に付き添ってくれた。
 
私は彼ではなく、自分自身に腹が立っていた。私さえ気を付けていれば、こんなことにはならなかったのにと、悔しかった。友達まで巻き込まなくて良かったと思う反面「なぜ私だけがこんな辛い目にあわなければいけないの?」と、やり切れない思いで溢れていた。
 
彼はその日を境に、私の前に姿を現さなくなった。
 
その傷跡が癒えるのには、正直時間がかかった。
しかし人間には「忘れる」という便利な機能が付いているものだなと思う。
しばらくすると私は、彼のことなんてすっかり忘れ、穏やかな日常を取り戻していた。
 
そんな時、
また彼は何食わぬ顔で現れた。
 
子供の時と違って、少しは耐性も付いた私。上手にあしらうことを覚えた。
けれど、あの花火大会の日のことは今でも辛い過去として記憶に残っている。
彼を簡単に許すことはできない。
 
でも、どんなに突き放しても、彼は私を求めてくる。
夜寝る前に、当然かのように決まってやってくる。
 
「御願いだから、もう私を解放して……」
 
今日も彼が来るかもしれないと思うと、気になって眠れないこともしばしばあった。
 
彼に悪気がないことくらい、私にも分かる。
彼にとって今、私が一番必要な存在だということも分かっている。
分かっているけど、どうしても彼の期待に応えられない私がいる。
でも彼は、私の都合はお構いなしに、容赦なくわがままっぷりを発揮してくる。
 
それが「彼らしい……」と言えばそれまでなのだが
私はどうしても納得できなかった。
やっぱり彼を受け入れることはできないし、許すこともできない。
 
彼が狙ってそうしているのかは分からない。でもいつも私が、夜、深い眠りに入った頃に耳元でささやいてくる。
 
「ぷ~~~ん」
 
最初は気が付かないふりをして、また眠りにつく。
しかし、どうしても彼は私が必要らしく、懲りずにまた耳元でささやいてくる。
 
私は耐え切れず、電気をつけて彼を探す。
 
「もう、いい加減にしてよ!」
 
思わず彼をたたいてしまった……
 
急に静まり返る部屋。
彼は、ぐったりと私の手の中でその動きを止めた。
 
ごめんね。
 
君が悪いわけじゃないことは分かってるけど、
君も生きるために必死なのは分かってるけど
でも、これ以上君の思うようにはさせない。
 
だって君に刺されると、しばらく痒くて痒くて、集中力を持っていかれるんだよ。
 
あの花火大会の日、君が瞼を刺したおかげで、しばらく「お岩さん」だと言われてみんなの笑いものにされたんだよ……
 
それに、大人になった今、君に刺されると、回復するのに時間もかかるんだよ。
 
「もう二度と私の前に現れないで」
 
私は、ラベンダーの香りのする蚊取り線香に火をつけて
また眠りについた。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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