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しらさんとの旅でこれからも思い出すのはひとつ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:籾山尚子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
しらさんは会社の同期だが、それまで話をしたことはなかった。
その時私は仕事で困ったことになり、担当者に相談したかったが生憎不在で、たまたま電話に出てくれたしらさんに事情を説明した。
どうなることかと思ったが、しらさんが本社と掛け合ってくれたおかげで何とかなりそうな算段が立ち、お礼を言って電話を切ろうとしたところ、しらさんが言った。
「10年目の休暇はどうするんですか」
 
「あ、我々が同期ということ、しらさんも認識しているんだな」と思った。
うちの会社では10年働くと1週間の休みがもらえるのだ。
 
「いや、まだ決まってないんですよ」
「私もです」
 
同期ということは分かっているが、知らない人なので敬語であった。
しかし、それから程なくして私はしらさんとフランスに行くことになる。
 
経緯は記憶にない。
覚えているのは「そんな知らない人同士でヨーロッパなんて大変だよ」「仲悪くなって帰ってくるよ、やめな」と周囲から反対ばかりされたことだ。
 
実際、一度も遊んだことのない2人であった。
初めて2人で会ったのは旅行代理店に申込みに行った日、二度目に会ったのは旅行当日の成田空港。照れながら挨拶を交わした。
しかし、なぜかは分からないが、私たちは絶対に楽しく過ごせる自信があり、またそれを自覚しあうほどに互いの気持ちが手に取るように分かった。
 
フランス旅行はそれはそれは楽しいものになった。
ただの団体ツアーにも関わらず、起こる全てに胸がキュンとなるほどのときめきが溢れ、子どもに戻ったように可笑しくて、そしてそれが無理やりにテンションを上げているのではない証拠に全くのノーストレスなのであった。
 
私たちは、帰りの成田空港で離れがたくなり空港のスタバでお茶をした。
寂しい気持ちで別れてすぐ、電車に乗っている私にしらさんからメールが届いた。
 
「籾山さん、大好き」
 
相変わらず互いに名字で呼び合う私たちであったが、心はひとつに重なっていた。
 
しらさんは、写真を1,500枚も撮っていた。
私は、現像した写真を普通のアルバムに納めるだけでは飽き足らず、気に入った写真はカラーコピーを取って切り抜き、コメントを付けてスクラップブックを作成した。
 
それをしょっちゅう取り出しては眺めるうちに、次のチャンスがやってきた。
勤続15年目の休暇である。
私たちは迷わず、旅行の計画を立てた。
次の行き先はハワイである。
 
初めて行ったハワイはフランスに比べてとても近く、あっという間に到着した。
今回もツアーではあったが、ハワイツアーにはよくある終日自由行動のタイプで、到着後、私たちは早速路頭に迷った。
チェックインまでの時間、どう過ごしていいか分からない。
仕方なく、フードコートでフォーを食べる。
 
「量が多い」
 
しらさんが文句を言った。
私たちの食は細い。
私もそう思ったが、テンションを下げまいと口には出さなかった。
 
これがしらさんの最初の文句であった。この旅の間中、私はしらさんの文句を聞くことになる。
 
しらさんは、自由だった。
夕食のおかずはシェアしようと決めて、ひとつはしらさんが選んだからもうひとつは私が、と思い選ぶと「私、それ嫌だ。野菜嫌いだからこれがいい」と言い、結局しらさんがふたつ選んでいる。
 
かき氷を半分こしようとして、2種類のソースをかけてもらう場面でも、私が好きな練乳を選ぼうとすると「そういうこってりした味嫌い」と言う。
私も食い下がって、「練乳のとこ食べなきゃいいじゃん」と言ってみたりしたが、嫌だと言う。
 
「それなら、私だってしらさんが選んだやつ嫌だよ!」と叫んでも良かったが、私は生憎、しらさんが選んだリリコイ味も食べてみたかったため、折れた。とても美味しかった。
 
私はスマホのメモ機能に、しらさんの無遠慮な言動をこっそりメモり始めた。
 
道を歩いていて、少しでも何か不思議な匂いがすると「臭い!」と騒いで顔をしかめる。そしていつまでも「さっき臭かった」と言っている。
 
レストランで、「おいしいね~」と話を振ると「インゲンが固い」と答える。
「インゲンが固くても、おいしいならおいしいって言ってよ!」と叫びたかったが、確かにインゲンは少し固かったので、
ああ、この人は正直に感想を言っているだけで文句を言っているわけではないのだ、と自分を落ち着かせた。
 
「なんだか、これって熟年夫婦みたい」
 
旅の途中からぼんやりと思い始めた。
フランスに行ったとき、運命の恋みたいに始まった私たちの関係が、今こうやってすっかり夫婦化している。
 
ハワイは日本人が多く、全く「夢みたい」ではなかった。
外国に来ている感じが希薄で、テーマパークにでもいるような気持ちだった。
「ハワイ最高!」
そう言えないくすぶりが、自分の中に確かにあった。
 
元々紫外線アレルギーの私は常に長袖長ズボンを履いていて、海にも1度しか行かなかったし、とにかくハワイに馴染まなかったからとも言えるが、しらさんとの関係が何だかリアルなものになっているのが、この旅のイメージに直結していると感じた。
 
文句とスレスレの正直な感想を言うようになったしらさんと、それをスマホにメモる私。
 
フランスでは何の違和感もなく全てが一致しているみたいに思っていた私たちが、5年で遂にここまで来たね。
熟してリアルでときめかない関係。
良いのか悪いのか分からない。
でも、皆が揃いも揃ってビキニを着ている海で、2人だけ両腕両脚をラッシュガードで覆っていた私たちには、それでもフランスの記憶がある。
 
こうして、フランス旅行は私にとって一層特別なものとなった。
 
ハワイで浮いていた私たちだけど、フランスではスノードームの中の小さな人形のようにしっくりとその街に調和していた。
もはや旦那のようになった馴染みのしらさんとどこへ行っても、きっとあんなキラキラした時間は過ごせない。
 
ほぼ初対面のしらさんの見慣れない顔、パリの石畳、モンサンミッシェルの天空の回廊、それらが合わさって、あの宝物みたいな旅になったんだな。
これからも、しらさんと旅行に行くだろう。
そして、たぶん不満を感じて帰ってくる。
そして、その度にあのフランス旅行の夢みたいな楽しさを奇跡のように思い出すのだと思う。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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