とうもろこしはコロナに勝利する
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記事:山本洋一(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
その農場のことを初めて知ったのは5年ほど前、会社の同僚との何気ない会話だった。
「信濃町においしいとうもろこしの農場があって、そこで食べる焼とうもろこしが絶品なんです。ここ数年は夏になると必ず行くんですよ」
初耳だった。とうもろこしは好きだが、焼とうもろこしはこの年齢までお祭りの屋台などで数えるほどしか食べたことがなかった。
その年、我が家は夏休みの予定が全くなく、子どもたちは暑い自宅でゴロゴロしていた。
宿題である絵日記の話題作りになるかと思い、奥さんと子どもたちにドライブがてらとうもろこしを食べに行こうと誘ってみたところ、「暇だから行ってみようかな」という明らかに乗り気ではない返事が返ってきた。
長野市から信濃町まで車で30分ほど、国道から細い県道に入ってさらに走ること10分ほど、田舎道で車の渋滞に遭遇した。
ここが目的地の農場だった。
なんとか駐車場に入ると、そこには県外ナンバーの車が多数。
灯台下暗しというか自分の情報不足を嘆くと共に、遠方からわざわざ訪れる人の多さに期待は急激に高まった。
早速、焼とうもろこしを4本注文。
乗り気でない家族4名に焼とうもろこし4本は多いと思ったが、それは杞憂だった。
とうもろこしの甘いこと! 今まで食べたことのない衝撃的な甘さだった。
さらに焼くことによるほのかな苦味と醤油ベースのたれのしょっぱさがたまらない。
子どもたちも興奮した様子で、さらに4本注文しペロリと平らげた。
この農場は今まで私が「農場」という言葉に対して勝手に抱いていた少し暗いイメージとは異なるものだった。
近所の農家が集まって相談しながら運営している感じ。
焼とうもろこしを販売する係、直産物を販売する係、車を誘導する係、遠くの小屋では数名がとうもろこしの皮を剥いている。
焼とうもろこしを食べるためのベンチも手作りだ。
各自が分担して活き活きと仕事しており、とても気持ちが良かった。
信濃町は長野県と新潟県の県境に位置し、標高2000mを超える黒姫山の山裾700m前後に位置する。
黒姫山に由来する水はけの良い火山灰土と高原の昼夜の寒暖差が甘いとうもろこしを育てるのだそう。
さらに、とうもろこしは「お湯を沸かしてから採りにいけ!」といわれるほど鮮度が命。
気温が高い場所では鮮度がみるみるうちに低下して味が落ちてしまうので、収穫は気温の低い早朝、さらに収穫したらすぐに食べるのが重要だとか。
農場で食べる焼とうもろこしが美味しいのには理由があったのだ。
農場のみんなでまだ暗いうちにとうもろこしを収穫する姿が想像できた。
我が家はこの農場のファンになった。
以来、毎年夏休みになると誰からともなく「そろそろとうもろこし食べに行こうか」と話題になり、家族4人で足を運ぶことが我が家の恒例行事となった。
今年に入り、新型コロナウイルスにより人々の生活は大きく様変わりした。
ソーシャルディスタンスが叫ばれ、外食しづらい状況になった。
さらに、長梅雨で気温が上がらない状況が続いた。
ようやく7月末に梅雨が明け、我が家の心配事は「あの農場どうしたかな」だった。
外で食べる焼とうもろこしは販売できないのではないか、そもそもとうもろこしは不作ではないのか。
ネットで検索すれば良いのだが、何故かそうせずに「直接見に行こう」ということになった。
自宅から40分ほど、車内では「今年は販売していないかも」「そもそもお客さんがいないかも」そんな悲観的な想像が多かった。
農場に近づくと例年以上の車の大渋滞が待っていた。
しばらく待って農場に到着してみると、明らかに例年と様子が違っていた。
農場周辺の駐車場は閉鎖されており、ベンチだった場所はシートが掛けられ、焼とうもろこしを食べるお客さんは居なかった。
不安が現実になったのか。
「この渋滞は行き場をなくした車が戸惑っているのか」「そもそも農場は営業しているのか」交通整理をしている係の人に確認して、ようやく状況を理解した。
「今年は焼とうもろこしの販売はやめて、ドライブスルー方式で生のとうもろこしを販売することにしたんです」
畑の一部をつぶしてドライブスルー用の広場が作られていた。
車を誘導する係、注文を受付する係、とうもろこしを車まで運ぶ係、会計する係。
例年とは仕事の分担が違うのだろう、みんなどこかぎこちなく戸惑いながらも、以前と変わることなく活き活きと仕事していた。
驚き、そして感動した。こんな苦境であってもみんなで知恵を出し合い、乗り越えて行こうとしているではないか。
とうもろこしはコロナに勝利したのだ……
結局、我が家では消費しきれない大量のとうもろこしを購入し、近所や親戚にも配った。
家でとうもろこしを茹でて食べた。
いつもとはちょっと違うが、やはり甘くて美味しかった。
来年、再来年になるかもしれないが、また農場で焼とうもろこしを食べることができるだろうか、それとも新たな販売形態に変わっているだろうか。
来年の夏も、我が家は農場を訪れることが決定事項になっている。
***
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