最期に遺すもの、残るもの。
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:赤羽 叶(ライティング・ゼミ日曜コース)
父から電話がかかってきた。
めったにないことなので、何事だろうと身構えてしまう。
私と父の会話は、いつから、ぎこちなく、用件だけのやり取りになってしまったのだろうか。
「おばあちゃんなんだけど、看取りに切り替えることにしたんだ」
父が、原稿を読み上げているかのように淡々と話すので、イマイチ状況が理解できなかった。
用件は、95歳になる祖母のことだった。長い間認知症を患っているため、普段は施設に入所しているのだが、今は病院に入院しているということを初めて聞かされた。もうすぐ退院するけれど、自発的には食べられなくなっていて、今は、点滴で必要な栄養を摂っている状態。しかし、退院して施設に戻ると、点滴という医療行為はできないというものらしい。施設に戻って、祖母が食べることができなかったら、あとは、命の火が燃え尽きるのを看取っていく、という選択肢を父は採ることにした、という報告の電話だった。
最近は、新型コロナウイルス対応策で、オンラインでの面会しかできなかったところを、看取りに切り替えると、1日に1人5分だけだが、親族は対面での面会もできるようになるという。
「お前は遠方だから来なくていいから。まだ生きているのに、もうすぐ亡くなるかもしれないって言うのもなんだかピンと来ないんだけどさ。一応伝えておかないといざという時にお前も驚くだろうし。それから、お葬式も兄弟だけで済まそうと思うから、気にしないでいいよ」
まあ、死んでから来てもらうのも、意味ないしな……と続けた父の言葉が、本当にいつもと変わらず現実的な考えすぎて、妙にくっきりと私の耳に残った。
今の私は、まるで演技の下手な女優のようだ。言われたことは理解できるのだが、実感が伴わず、用意されたありきたりなセリフを返すのが精一杯で気の利いたことも言えない。帰省の度に、もう次は会えないかもしれないな、と思いながら、祖母の施設を訪問していた時の方がよっぽど実感があった。父の言葉にも、祖母がこの世に別れを告げる瞬間が近づいているなんて、にわかに信じられなかった。
電話を切った後、ぼんやりと考えを巡らせていた。これからの世の中は、身内でもなんだか他人事でさみしくて虚しい死が増えるのか。オンラインの面会だって、祖母は、父が何度画面越しに声をかけても一切カメラを見ることはなかったという。認知症が進んで、あらゆるものが分からなくなって恐怖につながる祖母にとっては、オンラインの面会は面会にはならない。便利なツールやAIなどを使えば『同じようなこと』はこれからもできるだろう。でも、便利なものを便利なように使えない世代にとっては、私達にとっては『同じようなこと』でも、全く違ったものなのだ。
人と人が接する機会が極端に減る時代がきてしまった。死ぬのが怖いと漠然と不安に感じながら、一方で生きるのも、生き続けることにも人が介在しないのは虚しくないのか。人はこんな虚しさを感じるために、テクノロジーを発展させてきたのではない……はずなのに。
この世を去ろうとしている祖母に、それを見送る父に、何かできること、伝えられることがないのか、その時に、私は、尊敬する看取り士の言葉を思い出した。
「人が死んだときに、研ぎ澄まされる感覚は、聴覚と触覚なんだそうです。見えなくなって、話せなくなっても、見送る人の声を聴きながら、見送る人の手の温もりを感じながら、この世を去るのです。見送る人は、精一杯のことをしたとしても、大抵がもっと何かできたんじゃないのかって後悔するものなのだけど、沢山声をかけてあげて、沢山手を握ったり身体をなでてあげたりすることが、一番の孝行なんですよ。それにね、沢山触ってあげた感覚は、ちゃんと見送る人の手にも残るのです。だからね、思う存分、触れてあげたら、見送る方も、さみしいけれど、大丈夫だって、あとできっとそう思えますからね」
いつも色々なことを教えてくれる看取り士の彼女は、辞書のような人だ。彼女から沢山のことを教わっているが、なかなか覚えきれず身につかない時がある。けれど、本当に必要なことは、自分がアクセスすればちゃんと答えとなる言葉を沢山くれる。彼女の言葉から得たヒントは、テクロノジーのかけらも感じないことだけど、だからこそ今必要なことだ、そう確信した。
でも、長くこじれた両親への反抗期からいつまでも抜け出せない私は、このことを父に伝えようと思って、少しためらった。リアリストの父がスキンシップや声をかけ続けることが大切なんて、果たして信じるのだろうか。信憑性がない、くだらないと言われそうで、電話をすることができなかった。でも、祖母の為にも、ひいては父の為にも、今、できるかぎりのスキンシップや声をかけ続けることはやっぱり絶対に必要なことだと思うから、せめてメールでもしてみよう。伝えたことをするかしないかを選ぶのは父がきめることだ。
それに、最後かもしれないもの。私が言わなかったことで一度タイミングを逃してしまったら、あとで言っても、今世ではやり直しがきかないのだから。
長い時間をかけてメールの文面を書き上げて送った。しばらくして、
「わかったよ、ありがとう」
という返事が、来た。
この短い返事を眺めながら、私も祖母のところに行こうと思った。自分が送ったメールの文面を何度も読み返しているうちに父に送ったつもりのメールが私の心にも届いたみたいだ。
今年は、遠方だから、コロナの騒ぎで県外に出るのは……と帰省することをハナからあきらめていた。けれども、このまま自粛が続く世の中だったら、祖母はおろか、両親にさえ一生会えないかもしれない。ゴールの見えない密かな反抗期に終止符をうつチャンスも失うかもしれないのだ。
そう思ったら、祖母が最後の力を振り絞って私と父をつなごうとしてくれたようにすら思えるのだった。家族なのだから、最期に遺すもの残るものはきまずさよりもお互いの愛でありたい。まずは、画面越しではなくて、祖母のもとに行って手を握り、声をかけてみよう。
それが、たった5分だったとしても、便利なツールやAIよりも、人間の私にしかできないことなのだから。
***
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