秋の空が光っているのは誰のためか
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:籾山尚子(ライティング・ゼミ日曜コース)
秋だ。
私は寂しい、夏が終わって。どうぶつの森でも夏の虫がいなくなってアキアカネなんて飛び始めるものだから、私はますます悲しくなる。
まだ暑いからって夏が続いていると思ったら大間違いだ。
空を見れば分かる。薄い雲がスッスッとかかって、それが空に溶けるみたいになっている。
色だって変に薄い水色で、それなのに夕方になると金色に透き通ってキラキラと光りだす。
夏の夕方はあんなに青かったのに。
その当時はそんなに強く印象に残った訳でもないのに、後からなぜか何度も思い出す光景ってないだろうか。
この季節、私はいつも思い出すことがある。
大学の4年間、9月は毎年合宿に行っていた。
私が所属していたのは合唱のサークルで、と言っても体育会と並ぶ「文科会」という部活のような団体で、学校行事で歌ったり紅白やコンサートにバックコーラスとして参加することもあるような割と本気の団体だった。
全部で100人くらいいる大所帯で、活動はほぼ1年中あるのだが、その夏合宿が9月にあったのだ。
秋のはじめ、私たちはいつも長野県のホテルで缶詰めになっていた。
合宿はハードだったが、その中でも私が一番恐れていたのはボイトレだった。
ホテルには赤いじゅうたんが敷かれた大広間があって、ボイトレのときはそのステージに上がりひとりで歌う。
そして、他の部員たちは指導される様を見ている。
普段のボイトレも歌うのはひとりずつだが、場所は学校の教室で、それとこれとは緊張感がぜんぜん違うのだった。
4年生のその年も先生が長野まで来てくれて、ボイトレが始まった。
4年生が受けられるボイトレはこれが最後、もう指導してもらえる機会はない。
私たちは全員緊張していた。
先生は厳しい人で、滅多に褒めない。
それは分かっていたのだが、始まってみると想像を超えて手厳しかった。
まず、しょっぱなの同級生が始まってすぐ強制終了させられた。
「あなたは4年間、一度も私の言うことを聞かなかったね。自分で出来る範囲のことだけして、それを超えたことはひとつとしてやろうとしなかったね。出来そうなことしかしなかった。意気地なし。そんなんだから後輩も誰もついて来なかったんじゃない? はい、おしまい!」
私は震えた。
「最後のボイトレでもこんななの!?」
同級生は私よりはるかに上手く努力家で後輩の面倒だって良く見ていた、というか私は学年の誰よりも下手で、しかも上手くなるための努力もしてこなかったし後輩の世話はしたことがない自信があったから……。
「この場から逃げたい」
歌はともかく人間性までこてんぱんにやられて、私の精神崩壊するかも。
指導の厳しさに泣き出す学生も多く、私もこれまで何度となく泣いてきたが、泣くと先生は怒って指導をやめてしまう。
泣いている人間が横隔膜をひくひくさせながら歌っても、そんなの歌にならないからだ。
でも今回私もう既に泣きそう、予め泣いてても良いですか?
指導を受ける前から、精神崩壊の兆しが見えていた。
私はそもそも自分が歌など好きでも得意でもないことを思い出した。
「なんでこのサークルに入ったのだろう……」
この4年間、いつの間にか続けてしまったけど目的があったはずだよ、何だっけ?
そうだ、合唱って呼吸を大事にするから心肺が鍛えられるんじゃないかと思ったんだった。
それで言えばもう心肺は丈夫になったみたい、というか心肺べつに弱い訳でもなかったから、急だけど、今この瞬間に退部してもいいかも知れない。
元々入りたかったマンドリンサークルがやっぱり気になる!
「はい、次の人!」
血の気が引く。
人の歌を聴きながら予習するべき時間、余計なことを考えて過ごしていた私は半泣きでステージに向かった。絶体絶命とはこのこと。
ステージの中央にたどり着く前に伴奏が流れ出す。
先生、イライラしている……?
私は膝をガクガクさせながら小さい頃から聴きなれた、そしてこの4年間何度も歌ってきたボイトレ用の童謡を歌いだした。
本当に、あの知ってる歌とは思えない、冒頭の「ゆう~」を歌ってみただけで何かもう全然ダメだと分かった。
この状況でなければ爆笑できるくらい声が震えて、裏返るはずもないところで裏返ったりしたが、誰も笑わなかった。
先生の方は恐くて見られない。
「はい、初めのとこ、もう一回」
先生から淡々と指導が入った。
感情が読めないが、やるしかない。
冒頭の2音を繰り返す。何度も繰り返して、そこだけをやって、そしてボイトレは終わった。
心底ほっとして先生を見ると、先生があきれたように言った。
「あなたは、こんなに下手なのに辞めなかっただけ偉いわよ」
「へへへ……」
気の抜けた私は、へらへらと笑った。
すると、ステージの下でもそもそと動く気配がある。見ると同級生の数人が席を外して広間の外へ出ていくではないか。
え、席外すとか許されるの!?
びっくりしたが、ステージから降りた私はもうすっかり気が楽になって、あまり気にしなかった。
全員のボイトレが終わり解散となった後、さっき席を外した同級生たちが近寄ってきた。
「さっき、泣いたよ~ 初めて褒められてたね!」
聞けば、私が褒められていることに感動して涙が出てきたため、廊下で泣いていたのだと言う。
そうなんだ、あれは褒められてたんだ、あきれてるだけに見えたけど……。
でも、それよりも何よりもそんなことで同級生が泣いていたことに驚いた。
そして、自分が4年間ずっとこのみんなと同じ時間を過ごしてきたことを急に思い出した。
歌は本当に別に好きでもなかったのだけど、みんなのことは好きだった。
ボイトレ後、ひとりでホテルの外に出た。
置いてあるベンチに座って、目の前の山を見ていた。
夕方の空が金色に光って、少しピンクの雲が遠くにあった。
「ああ、今秋なんだな」と初めて思った。夏合宿だし夏休みの途中だし、この4年間いつも夏のつもりでいたけど、もう秋だったんだな。
寂しいなと思った。定期演奏会はまだ先だけど、むしろこれから正念場だけど、もう何かが終わった気がした。とりあえず、ここにはもう一生来ない。厳しいボイトレも一生ない。
今年、サークルの合宿はなかったそうだ。それどころか1年間の演奏会は全て中止になったという。今年の4年生は、まさか去年の合宿が最後になるとは夢にも思わなかっただろう。
秋になって空を見ると、いつも合宿を思い出す。
もう一生来ないと思った気持ちとセットになった合宿は、一生忘れないのかも知れない。
最後だと知っていたからこそ胸に刻めることがある。それはきっと幸せなことだ。
今年の空は、たぶん色んな人が色んな気持ちで見上げている。
もしかして、私よりもそういう人たちのために空は光っているのかも、と思った。
うちの後輩だけじゃない、今年きっとたくさんいる何かをなくしてしまった人たちの目に、秋の空がきれいに映っていることを祈る。
***
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