たったひらがな2文字を知らないと、人は仕事で「キレて」しまう
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記事:堀川 哲朗(ライティング・ゼミ日曜コース)
「あれほど言ったのに、なんでトラブル発生の時点で報告しなかった!
先方はカンカンに怒ってるぞ!! 今すぐ謝罪してこい!」
「は……はい、分かりました。い……いってきます……」
今朝行われた、朝礼の先月の営業業績を高らかに誇っていたにこやかな声とは似ても似つかぬ大きなI課長の怒号に、入社2年目のS君は、半泣きの表情で事務所を飛び出していく。
そろそろ終業時間を過ぎ、後片付けに勤しんでいたK子さんも思わず手が止まって
愕然としたままだ。
珍しく外回りから早く帰ってきていたため、事務所にいた営業は自分一人だった。
窓の外の選挙カーの呼び掛け声とI課長が喫煙所に立つ椅子をひきずる音を背にして、
僕はS君を追いかけた。事務所には聞こえない距離になってから、「またか」と
舌打ちしながら。
若干脚色を加えているが、ほぼ私の経験した場面である。
その1ヶ月後、S君は一身上の都合を理由に退職することになる。
私はアルバイトも含めると、20年近くの勤労経験の中で
仕事で感情を抑えきれずに、残念ながらキレてしまう人をたくさん見てきた。
自分自身が全くそのような場面がなかったとは言えないが、アンガーマネジメントという心理トレーニングを学び、コントロールできるように訓練して変わってきたつもりだ。
今の私は健康経営コンサルタントとして、この場面で出てきた課長のような管理職を相手にメンタルヘルスやマネジメントをテーマに研修や個別コンサルティングを経験している。
その今までの経験の中では、ハラスメント防止の観点から、ネガティブな感情をコントロールできない方もたくさん見てきたし、その訓練方法も研修を通じて伝えてアセスメントしてきた。
そんな経験から、このよくある上記の事例を基に、仕事でキレてしまう人、またはキレられてしまう人の目線から、解決方法を考察していこう。
◎キレてしまう原因はたった2文字のひらがなにある。
まずはI課長の視点から。
彼は何に対して怒ったのか。ぱっと浮かぶのは部下であるS君自身、もしくは報告を怠ったという出来事自体かもしれない。
アンガーマネジメントを使ってアプローチすると、結論はどちらでもない。
ポイントはS君自身や、出来事といった怒った人間の外にあるのではなく「中」
にあるということ。
では怒った人間の「中」にある原因。これはたったひらがな2文字に集約される。
その人にとって譲れない価値観である「べき」という言葉である。
「べき」というのはその人にとっての譲れない価値観を表す言葉である。
本人にとっては、理想であり、期待でもあり、当たり前のことを表すたった2文字のひらがなである。
夕食は毎日家族と一緒にとるべきだ。
新入社員は先輩社員より先に必ず朝一番に出社すべきだ。
些細なトラブルでも発生したら、すぐに上司に報告すべきだ。
このような価値観を持つ人がそれに反する人と仕事や日常生活を送ることになったら、
何が起こるか。ここまで読んでいただいているなら読書の皆様はご想像がつくだろう。
◎あなたの「べき」の範囲はどこですか。
先程の冒頭の事例に戻ろう。
I課長がキレた根本的な原因はS君自身でも報告を怠った出来事にあるわけでもない。
原因は彼自身の価値観にある。
彼には「部下の案件でトラブルが発生したら、すぐに上司に報告するべき」という価値観があった。これ一つを切り取るならば、よくあるルールであり価値観だろう。
しかしその価値観を破られたからこそ、彼はキレてしまったのだ。決して原因はI課長の外にあるわけではないのだ。
もう少し掘り下げて、キレられてしまう人であるS君の視点に移ろう。
彼は、何の基準を持ってトラブルなのかがわからなかった。この状況が起こったらこうある「べき」という物差しを上司であるI課長と合わせていなかった。
納期が遅れたことなのか、メールの返信が遅れたことなのか、顧客の希望と商品と違うものを納品したことなのか。
I課長が考えるトラブルと捉える基準が彼に伝わっていなかった。そのためにI課長は自分の価値観を破られているから、あのような怒号を飛ばす行為に出たといえるのだ。
そしてI課長自身も、自分の「べき」の基準、物差しを言語化して部下であるS君に伝えきれていなかったことが原因だと気づかず、怒りの原因を外の世界に向け続ける。
これではI課長自身も成長しないし、たとえ部下であるS君がその叱責に耐えきれずに退職して、別の人材が入ってきたとしても同じ悲劇を生むだろう。お互いのこうある「べき」という価値観のすり合わせができないからだ。
上司と部下の日頃からのコミュニケーションが重要であることは、社会人の方なら常識として身にしみていることであろう。
ただし、そのコミュニケーションの中身をきちんと議論されているかどうかは疑問である。ビジネス上の付き合いでは、プライベートや個人的な志向性といったことまでベクトルを合わせる必要はない。ただ定形的な業務も含め、ある程度そのシチュエーションが想定されるのであれば、その対処はこうある「べき」という価値観をすり合わせる機会を上司と部下で設けておけばそのような機会はなくなるのではないか。
そして何より、上司であるI課長が自分自身の「べき」を理解し、きちんと言語化して伝えることができれば、彼のパフォーマンスも間違いなく上がっただろうし、いたずらにキレることなく、組織全体のコミュニケーションのありかたもより良い方向に変わったのではないかと思わずにはいられないのである。
***
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